第143話 異国食堂
清洲町(宗右衛門町)の焼鳥屋で無事優勝したイルハ、ナムダリ、アブタイの女直3人組一行は3日後、大坂郊外の寺社を見物。その後、清洲筋にある幸田家経営の茶房白鯨で休憩していた。
ラテやマカロンを注文し、会話に花が咲く。
「しかし日本の豊かさときたら、呆れるばかりじゃな」
「兄上、そもそも風土と人の数も違いすぎます」
「そうじゃな。同じ畑で米と麦が交互に取れる土地もあるというではないか。比較にもならぬ。その上、冬も野菜が取れ、海で魚も年中取り放題……」
「左衛門様(幸田広之)から聞いた話ですが水稲の収穫量は黍、稗、粟の2倍から4倍もあるとか……」
イルハが日本で得た知識を披露する。
「つまり、我らの場合は人が少ない上、それぞれ生きていくのが精一杯。仮に4倍も収穫量が異なれば余力にも差は出るというもの。人が増えず、畑も増えない。その繰り返しじゃ」
「ナムダリ様、これも左衛門様の仰ってた事でございますが、日本の寒い地で米の改良を続けており、まもなく北海道でも栽培出来るであろう、と。何れはハンカ湖、松花江、牡丹江あたりで水稲栽培が可能になる故、明に頼らずとも女直は豊かで大きな国へなり得る、と申されておりました」
「それが本当ならば願ってもない話じゃ。女直の数も増えよう。ところでイルハ殿、左衛門様は他にも女直の事について何か申されておるか」
「明と朝貢貿易や貢勅による馬市は一見、女直の益となっているが明の側は損得でいえば得だ、と。長い目で見れば女直は失うものが大きいはずと申しておりました」
「詳しく話してくれ」
「つまり、女直や蒙古に攻め込まれたら銭や人命、畑、家屋、城などの損失が大きく、それよりは僅かな朝貢貿易で済ませば得なはずだ…と。また南方で沢山取れる茶を売って、高価な皮や馬を入手すれば元は取れるし、大儲けで、全体を俯瞰すれば女直は大損……」
「まるで盗賊に僅かな銭をくれて追い払うか、女直が騙されてる愚か者みたいな話ではありませぬか」
「アブタイよ落ち着け。言われてみれば事実であろう。そもそも女直や蒙古にとって財産というのは馬と羊。欲しいものは奪うのが常で富を自ら生み出せず、作物不足にて余力もない。イルハ殿、まだ続きはあるか……」
「女直がまとまれば明を征服して昔の金や元みたいな国を建てるのも可能だ、と。ただ、明の国土を継承しても漢人は50倍から百倍は居るはずなので、漢人を重用し、彼らの文字、学問、制度を踏襲する他なく、最後は辮髪と胡服だけ残り、取り込まれて消えるはず……。女直の皇帝は首を撥ねられるか追放され、やがて海西、建州、野人たちの土地もすべて漢人の手に落ちる、と申されておりました」
重い沈黙が流れた後、ナムダリはさらに問いかける。
「ならば我らはどうすればよいのじゃ」
「現在の地で独自の文字、学問、制度を磨き、豊かな国を作る他なく、可能であれば日本は手助けして、日本、女直、明、朝鮮が対等な間柄により繁栄させたい、と左衛門様は申されております」
「日本で学ぶべき事が山程あるという事じゃな」
「日本では水利が悪かったり痩せた土地は麦や蕎麦を育て、山間部は桑の葉により蚕、あるいは茶畑など無駄な土地はありませぬ。恐らく日本の力を借りて国を豊かにすれば朝貢や馬市、あるいは戦に明け暮れるより、良いはず」
「その通りかも知れぬ。しかし我らには独自の文字すらない。嘆かわしい事じゃ。来年はウラ国よりもっと人を送ってもらい、日本で学ばせる必要があるな」
この後、白鯨を後にした3人一行は難波へ移動。ある西洋建築風の店へ入った。この店も幸田家の経営だ。
奥の方へ案内される。この店は洋風であり、椅子と席があってランプに灯りを灯していた。
イルハは手慣れた感じで、とんかつ、コロッケ、カレードリア、骨付きハムとワインを注文した。
先ずは骨付きハムとワインが運ばれてくる。
「これは、先日屋敷で食べたものですね」
アブタイは気に入ってたようでハムを口にした。
「少し歯ごたえがあり塩加減程よく美味しいわ」
しばらくして裏メニューのラクレット(チーズを焼いたもの)とアンチョビが登場。イルハはハムにアンチョビをのせ、ラクレットへ軽く絡めた後、食べる。ナムダリとアブタイも早速真似してみた。
「言葉に出来ぬ美味しさだこと……」
「蒙古のアーロールと似ているが別物。焼いて付けると実に美味い。魚の漬物がまたよい加減……」
ナムダリとアブタイは早くもワインを飲むピッチが加速して止まらない。
30分ほど経ち、とんかつとコロッケが運ばれてきた。とんかつは生パン粉を使いラードと菜種のミックス油にて、低温でじっくり揚げている。
とんかつには抹茶塩、おろしポン酢、甘味噌ダレ、ハニーバターマスタード。コロッケにはタルタルソースが添えられていた。
ナムダリはとんかつにハニーマスタードを付けて口に運ぶ。
「豚とは思えぬほど柔らかい。脂もとろけるようじゃ」
「兄上、こちらの何かも柔らかく口の中でとろけます」
アブタイはコロッケを口にしたが、生まれて初めてのじゃが芋であった。
2人は様々なソースを試し、さらにイルハが追加したラクレットへ絡め、ワインを飲み干す。そうこうしているうちにカレードリアが凄まじい香りを放ちつつ並ぶ。
「イルハ殿、これは一体……」
「アブタイ様、これは南方の香辛料を使って作ったものです」
「何だこれは……。奇妙な味じゃが、チーズと相まって世にも不思議な味わい。アブタイも食ってみよ」
「これは確かに妙な味わいなれど匙が止まりせぬ」
こうして大量のワインを平らげ、今日も椅子駕籠で帰る3人であった。
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