第142話 案内人イルハと焼鳥
ナムダリは困惑する。北河イルゲンギョロ氏(伊爾根覚羅)は野人女直フルハ部だとばかり思っていたがイルハから本来ウェジ部だと聞き、思わず念を押した。
黒龍江方面はフルハ部だというのが海西女直の認識であり、ウェジ部は牡丹江からウスリー川方面だ。隣接しているとはいえ、かなり違和感がある。
イルハの説明によれば野人女直がまだ海西女直から切り離される前の時代、本拠地は牡丹江の奥であり、現在のウェジ部なのだという。
ヌルガン(奴児干)へ進出したのは分家であり、本家との関係は続いてたらしい。飛び地のようなものである。
そうなると北河イルゲンギョロ氏が本家を呑み込み、足掛かりにしてウェジ部を傘下へ組込む可能性もあり得る。すでに日本は朝鮮の北方へ上陸し、ウスリー川から栄河まで抑えているという。もはや頭の整理が追いつかない。
すっかり大坂と近郊を知り尽くしていたイルハはナムダリとアブタイの案内するのが日課となっている。
先ずは船場を見て回った。船場に数多くの問屋などが集まり、史実の江戸時代なら日本橋といえる。立派な大店が立ち並ぶ。
さらに清洲筋(御堂筋)も壮観である。イチョウ並木がどこまでも続き、道の両脇には豪華な茶店、書物、薬、飾り物、呉服、馬具、刀剣、茶器、陶磁器、煙草、両替などの店が並んでいた。
そして尾張堀(道頓堀)の両側や難波の一帯は、歌舞伎に近い芝居、文楽、狂言、能、相撲、蹴鞠、流鏑馬などが見れる他、遊郭、茶店、料亭、各種料理店などで凄まじい賑わいとなっている。
ナムダリとアブタイの想像を超えた光景であった。
ある日、イルハは大坂郊外で行われていた秋祭りの見物に案内した後、清洲町(宗右衛門町)の焼鳥屋へ入る。
哲普が経営し、弟子に任せている店で一見さんは入れない店だ。馬は近くにある時間屋という名前の預かってくれる所へ置いてきた。飲酒乗馬は禁じられているため帰りは乗って帰れない。
この店の常連となり、黒帯レベルのイルハは日本酒の土瓶出汁割りを注文した。
「さあ、これをお飲みください」
ナムダリとアブタイはイルハの真似をしてお猪口へ注ぐ。土瓶の中には昆布と鰹節の出汁、松茸と炙った鱧が入っている。
「これは酒に何か入っておるな。しかし香りたるや……」
ナムダリはそういうや蓋を開けた。
「それは食べても美味しいものでございます」
「この魚は実に美味い」
「兄上、こちらのキノコも美味な事ときたら」
野人女直ワルカ部の領域では松茸がよく取れるが、2人は食べた事がない。
イルハは満足気に眺めながら、胡麻豆腐を食べていると、焼き銀杏が運ばれてきた。ナムダリとアブタイは銀杏を食べた事があり、喜んで食べる。これまた土瓶出汁割りにはよく合う。
そして串に刺した鶏が次々と出される。むね肉、もも肉、ふりそで、手羽、ささみ、ハツ、砂肝、軟骨、つくねが並び、ナムダリはふりそでの塩、アブタイはむね肉のタレを食べた。
「まさか鶏を焼いただけなのにこれ程美味いとは……」
ナムダリはそういうとふりそでの残りを食べ、次にささみの梅肉巻へ手が伸びる。
イルハはつくねを温玉で食べていた。九条葱が大量にのった葱まみれ温玉つくねだ。葱の上から胡麻油が少し掛けられ食欲をそそる。つくねはふわふわながら軟骨が入っており、アクセントとなっていた。
皆、夢中で食べていると、今度はひねポン酢(親鶏を炙りスライスしたものをポン酢で和えている)、竜田揚げ、茶碗蒸しが登場。
「これはまた何という……」
イルハに勧められ茶碗蒸しを食べたアブタイは熱さにたじろくも美味しさに感嘆する。ナムダリは竜田揚げが気に入ったようだ。
イルハはひねポン酢を食べながら焼酎の緑茶割り(熱)でやっていた。そこへ店員が新作のひねポン酢をサービスで持ってくる。味噌ダレで和えたものだ。少し辛いが酒が進んでしまう。
最後の〆で鶏釜飯が出され、アブタイはお腹一杯で食べれないと断った。しかしイルハの目が光る。店員に熱い焙じ茶をもってこさせ、即席の鶏飯茶漬けにして、差し出す。無論、九条葱も追加しており大量にのっている。
アブタイは無理だと言いつつ完食してしまう。酒を飲みすぎた3人は椅子駕籠に乗り、馬は家臣が連れて帰った。
こうして親睦を深める3人だったのである。
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