第119話 茶々懐妊

 桜満開の頃、茶々懐妊が確実となった。夫である伊達政宗の喜びようは尋常でない。米沢の両親からは、もし今年中に子種を授からなければ側室を迎えるように言われていた。


 何故、側室という話になるかといえば、来年政宗も沿海州入りする可能性があるためだ。一旦、出征すれば帰国が何年後かわからない。


 政宗の母である最上御前(義姫、お東の方)にとっては当主が世継ぎを残さないまま異国へ出征となれば、万一の事態にも考えが及ぶ。


 政宗の弟政道(小次郎)が継げばいいというものでもない。政宗の正室は信孝の娘(茶々は養子になっている)である以上、織田家や幕府の意向に逆らえるはずもなく、どうなるかは不透明だ。


 最悪の場合は、織田家の誰かが先代輝宗の養子となり後を継ぐ可能性もある。


 ちなみに幕府総裁の幸田広之と政宗の父輝宗は同い年だ。広之が歳を取ってるのか、それとも輝宗が隠遁するには早すぎるか置いておき、伊達家においてはうまく機能している。


 家中に不安のある大名は何かと国へ帰るが、政宗の場合は米沢へほとんど帰らない。それは輝宗の存在が大きい。しかし輝宗が亡くなった場合はどうか?


 現在、伊達家中は羽前以外の家臣、旧最上家の家臣、旧蘆名家の家臣、旧田村家の家臣など複雑な構造になっている。


 政宗がほぼ大坂に居るため、旧浅井家を始めとする畿内周辺出身の家臣を多数召し抱え重用していた。政宗なりの考えとして、中央で地位を固める重要性を考えれば、当然の事。


 米沢の譜代家臣たちにとっては見たこともない新参家臣が政宗を取り巻き、重要な決定事項に関与出来ず、命令だけ来る状態であり、面白いはずがない。


 しかし、政宗の要請で米沢入りした上方商人たちや、経済に明るい上方家臣たちの経済政策は伊達家の財政を確実に改善させていた。


 酒田での貿易や最上川流域の開発、そして紅花、養蚕、塩引き鮭などは伊達家を潤わしている。


 政宗は父親輝宗が健在な内、手を打つべく、茶々を正室として足場固めた上、叔父最上義光や弟政道を織田家家臣にすべく画策してきた。政道は入念に蘆名家の家名を継がせている。


 仕上げのガス抜きとして沿海州入りを切望していた。そこへ来て茶々が男児を産めば盤石だ。政宗が歓喜したのも無理はない。


 また義光は娘の駒姫を三法師の正室は無理でも側室に、と狙っており政宗や茶々へ平身低頭。かつての面影は潜めている。

 

 義光は今回丹羽長秀に随行しており、武功を上げれば出世の道も開けるとあって、政宗の思うような展開となりつつあった。


 一方、茶々は幸田家の全面サポートにより鉄壁の体制で安産すべく温度調整や食事制限をしていた。


 食事においては禁酒となり、紅茶ラテ、豆乳、魚、鶏、鶏卵、ひじき、野菜などをバランスよく適量摂っている。無論、味付けも薄めだ。


 茶々にしても男児を切望していた。願わくば男児を2人ほど産み、次男へ浅井家の名跡を継がせたいと考えている。


 その布石として政道が蘆名の名跡を継ぐため、茶々も水面下において織田信孝や広之へ打診。敵対し滅んだ家の家名復活という前例を作った。 


 何かと煩い米沢の最上殿にも兄義光の織田家臣団入りで貸しを作っている。さらに伊達家の跡取り誕生となれば下手なことは出来ない。

 

 大野治長は現在信孝の家臣となっているが弟の治房は茶々との縁で伊達家に仕えていた。また堀江正成の次男も同じく伊達家に仕えており、着々と旧浅井家閥が伊達家上方屋敷における勢力として台頭しつつある。


 茶々からすれば背後に信孝と広之が控えており、米沢勢は意識すれど、相手にもならない。


 茶々は周囲から浅井殿と呼ばれており大坂の女房衆では竹子を別格にすれば、五徳に次ぐ位置を維持している。


 日増しに勢力を高め、相応に振る舞っていた。片桐直盛(且元)が大坂を出立するとき石田三成など近江出身の家臣へ渡してくれ、と鮒寿司に手紙を添えるなど配慮も怠りない。


 直盛は大坂での滞在中何かと面倒を見てもらい、茶々に何かあれば羽柴家を出奔してでも駆けつけるなどと感激しきりだった。


 こうして茶々は本来の歴史における淀君(淀殿)としての片鱗を見せ始めている。

 



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