第118話 金万福の大坂漫遊記

 昨年、来日した料理人の金万福は大坂での生活に順応しつつあった。


 元々、富裕な商人のお抱えであったが、折り合いの悪い他の使用人から濡れ衣を着せられ屋敷から追放。


 その後、対岸の台北に渡り、料理屋で働いてたが、織田幕府の役人から日本行きを打診され来日。


 東の果てにある倭寇が住む国というイメージ以外、思い浮かばなかった。しかし、台北の日本人が営んでる店の料理は明と似てはいるものの別物。


 彼の食べたものは、抹茶ラテ、焙じ茶ラテ、日本酒、焼鳥、天ぷら、蒸し寿司、おでん、田楽、軍鶏鍋、うどん、蕎麦切り、ラーメン、焼餃子、鶏の炭火焼き、五平餅、釜飯など。


 明の影響を受けているのは間違いないが、香料はあまり使わず、醤油や味噌も大きく違う。昆布という干した海藻と鰹節なる魚を燻したものを使えば上等な出汁が出来る。

 

 こうして来日した金万福は自身が働く織田幕府の丞相ともいえる地位の幸田広之の屋敷こそ、自分の食べてきた料理の震源地だと知り驚く。


 まさに幸運というべきであろう。最下級の使用人でさえ茶を飲んでおり、うまいものを普段から食える。


 新鮮な魚が毎日届き、上等な食材を使い放題。魚を生で食べるのは驚きだ。何と生きたまま船で大坂に運ばれ、生け簀で保存するのだから凄い。


 当初は腹を壊さないか肝を冷やしたが、決して野蛮でなく、あらゆる知恵の産物だった。まな板の殺菌や消毒は非常に厳しく、慣れないうちはお初によく怒られ、困ったものである。


 魚によっては活け〆にするが、実際見た時は感動したものだ。暴れながら勝手に死ぬより、活け〆だと鮮度が長く保てる。


 目の上あたりの延髄へ刃物を入れ動きを止め、エラから刃物を入れ付け根と動脈を切断し、血を抜く。さらに尾へ刃物を入れ、脊椎神経を切断。


 若狭から運ばれる塩漬けの魚も似たような方法にしてから漬けるらしい。鯖の場合は頭を折って血を抜くらしいが……(いわゆる鯖折り)。


 生で食べない魚にしても糠漬け、味噌漬け、酒粕漬け、塩麹漬け、醤油漬け、酢漬けなど様々な方法を駆使する。


 肉を食べることを長けているとは言い難いが魚に対しての知識と技術は驚嘆すべきものだ。


 魚に比べたら肉はまだまだ一般的と言い難く、せいぜい鶏や鴨が中心(現時点でまだ鯨を食べていません)。明なら肉といえば豚だが、市中では出回ってない。


 ただし、幸田家だけは別格だ。豚は新鮮なものを調理するだけでなく、塩漬け、味噌漬け、塩麹漬けなどの他、塩漬けを燻製にして食べる。


 鶏肉にしても水に砂糖と塩を加えたものへ漬けたりする。舞羅允液(ブライン液)というらしい。


 日本で得た技術を活用すれば最高の料理を作れるかも知れないと思う。しかし、この世で最高の料理は幸田邸で主人(広之)や客人に饗されるものであろう。


 ならば、自分は最高といえずとも何がしらの色を出したい。


 それはともかく今日、主人たちは日帰りで出掛け、帰って来るのは日が暮れてからだという。自分が料理の担当を任せられた。

 

 こうして金万福は昼食の調理が終わると大坂の町中へ繰り出し、散策を楽しみつつ茶漬け屋へ入る。何度か来た店だが出汁と具材の組み合わせは無限大で飽きない。


 鯛茶漬けを食べながら金万福は閃いた。茶漬けを祖国の粥に見立てたら面白いのでは……。


 屋敷に無い食材を買い足し、戻ると直ぐ様仕込みを行なう。まず米を浸水させてか軽く茹でる。味付けは軽く塩だけ。


 そして鶏出汁と海鮮出汁も作る。あまり煮込まない粥を米だけすくい椀に入れ、鶏出汁、海鮮出汁、茶など好きなものを注ぐ。


 これをおかずと一緒に食べる。海鮮出汁はアゴの煮干し、鰹節、昆布を使った。後はおかずを作るだけ。


 すっかり日も落ち、やがて広之たちが帰ってきた。風呂に入ったあと食事となる。


 粥、出汁、おかずが運ばれてきた。おかずは沢山あり、もやしと韮のナムル、平茸と卵炒め、うどのきんぴら、筍のうま煮、豆腐の味噌漬け燻製、鰆南蛮漬け、赤貝酒蒸し、烏賊の豆豉炒め、豆腐の豆豉醤炒め、海老の腸粉などが並ぶ。


「ほお、これは……。万福も大分わかってきたのぉ。疲れてる時はもってこい。つい酒が欲しくなってしまう」


「広之殿、何杯でも食べられますな」


 広之と五徳が感心してるのをよそに、末、浅井二姉妹、福(春日局)、イルハ、仙丸たちはお替り前提で箸が止まらなくなっている。酒を飲む予定ではなかったが、結局そのまま酒盛りになってしまった。


 好評だと聞き台所で金万福は喜びつつ哲普やお初たちへ粥を振る舞っている。その後、万福粥と名付けられ幸田家では週に1度ほど出される名物となった。

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