第122話 丹羽長秀、函館の美味を満喫
丹羽長秀率いる織田幕府の艦隊は函館に着いた。無論、片桐直盛(且元)、エドゥン、角倉了以などを除けば、参加した者の大半は初めての函館となる。
上陸後、疫病対策のため一定期間隔離され、検査を済ませた一行は函館にある幕府北方開拓府庁舎へ向かう。
そこには羽柴家の領地である東陸奥を預かる羽柴秀長と羽柴家預かりとなっていた前田利家の姿もあった。
幕府最高レベルの要人が訪れるのは初めてのことであり、北方開拓府の役人も明らかに緊張している。
北方開拓府の役人たちが長秀や諸将へ開拓状況、収支、物資の生産量や備蓄などについて説明を行う。
そして開拓に功のある農民、漁民、商人、アイヌ系住民も呼ばれており、長秀直々の労いと贈答品の授与が行われた。
現在、北海道は渡島半島から先の本格的な開発を進めるべく、調査が行われている。大きな河川沿いに展開しており、十勝川、釧路川、石狩川、天塩川流域は測量も終わっていた。オホーツク沿岸地域はまだ調査が進んでいない。
渡島半島や石狩平野南部では水稲栽培も始めており、津軽地方から持ってきた稲を使っている。この他にも能登、越中、越後、羽後などで選んだ稲の選抜や交配を繰り返していた。
将来的に冷涼な気候へ対応出来る品種を開発し、米の大量生産を行なう予定だ。しかし幕府総裁幸田広之は、石高制を前提とする米に片寄った食料生産へ懐疑的であった。
寒い地方で無理やり水稲栽培を行なうリスクは当然高い。冷害などで飢饉が起きれば多大な被害を被る。
北海道では麦、蕎麦、とうもろこし、じゃが芋など幅広く栽培する他、畜産も奨励する方針だ。
ようやく砂糖大根といえる近江甜菜の開発に成功したこともあり、今年からは本格的に大量移民が始まる。
今回、長秀は大量の交配した仔豚も運んでおり、一部は函館に置いていく。
そして夕方、長秀たちは函館で人気のある炉端焼き屋北島を貸し切り宴会を開くのであった。やはり長秀の人気は高く、諸将からの信頼が厚い。
広之の場合は全て見通してるかのようなところがあるので、警戒されてしまう。広之の権力や権勢の絶大さを考えても、長秀の存在は諸将たちに安心感をもたらしている。
織田幕府体制の安定化において長秀の果たしている役割は想像以上に大きい。
「荒波を乗り越えようやく函館へ着いたのぉ。儂は堅苦しいのが苦手じゃ、皆気楽にやってくれ。又左(前田利家)以外はな……」
「五郎左殿、もうお許しくだされ」
「お主は幕府総裁様に嫌われてるからのぉ。今回のような機会が無ければ織田家への帰参は叶わぬ話じゃ」
「いまや飛ぶ鳥を落とす勢いの幸田兄弟(従兄弟という触れ込みであるが、諸将の間で広之は孝之の諸兄だと認識されていた)でございますな。それがしは2人とも話したこともなく先の上様(織田信長)ご存命の頃は名すら聞いたこともありませぬ。世の移り変わりも早いですなぁ。ところで、何故そこまで嫌われるのですかな」
「あやつは女を大事にいたすからな。家の事も五徳殿や初殿に任せておる。お主はまつ殿が子供の頃から子を作りまくってるじゃろ。それが気に食わぬようじゃ」
「えっ、御本所様(織田信雄)を攻め滅ぼしたのが許せぬとかでなく……」
「御本所様の件は時勢や武運が無かっただけ故、気にしてぬはず。先の上様も怒っておったぞ。犬千代のやつめ、おまつを殺す気か……と(まつは満11歳で妊娠し、計11人産んでいる)」
他人から、かような目で見られていることを初めて知り驚く利家であった。
羽柴秀吉などからは、そんな子種に恵まれ羨ましい限り、是非あやかりたい……などといわれまんざらでもなかったが、世間の風評に汗がにじむ。
そうこうしているうちに店の主人北島三郎太が女中を従え料理を運んできた。
鰊の塩漬けと酢漬け、帆立の刺し身、ホッケの唐揚げが並ぶ。そして北島三郎太は炉端で烏賊、帆立、ホッケなどを焼き、ホテイウオ(ごっこ)の汁も用意された。
「函館に逗留する間は噂に聞く北海道のうまい魚を味わうとしようかの」
そう長秀がいうや各々酒を飲み始める。
「これが噂に聞く函館名物鰊の塩漬けか……。うむ、これは美味い。とろけるようじゃ。噛まず飲みこんでしもうたわ」
一晩軽く塩に漬け、塩抜きされた鰊に和辛子か山ワサビで食べる。長秀は山ワサビで食べ、少し癖のある味わいと、油加減に満足気だった。たまらず日本酒を飲み干す。
他の面々も帆立の刺し身やホッケの唐揚げに舌鼓を打っていた。
さらにホテイウオのいわゆるごっこ汁が椀で出される。身や皮はゼラチン質でとろけるように柔らかい。北海道道南における鮟鱇ともいえる存在だ。皆、無言で飲み干す。
そして帆立や烏賊が焼き上がった。初めて帆立を食べる者が多く、その美味さに驚いている。
最後に、いよいよホッケの登場。特大の真ホッケで、一夜干しとちゃんちゃん焼きがある。ちゃんちゃん焼きは味噌ダレを身にのせて染み込ませながら焼いたものだ。
「左衛門が絶対に食べろと言ってたやつじゃな。どれどれ……」
一口食べた長秀は絶句する。焼いた魚では鮭、鯛、鰤、鯖、鮎など食べてきたが、別格にも程ある美味さだ。身は柔らかく、独特の味わい。米と酒、どちらも最高に合うだろう。
「殿……この魚は美味すぎますな。函館に居る間、毎日、いや毎食でも食べるべきにごさりましょうや」
長秀の家老である戸田勝成が笑いながら囁く。
北島三郎太が茶碗に米を持ってこさせた。ホッケを乗せ、茶が注がれる。それを長秀へ差し出すが、これまた長秀を唸らせた。
こうして函館の宴は夜遅くまで続いたのである。
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