第327話 丹羽長秀とマリア・デ・メディチ

 西暦1596年2月。アガルタ州都エテルニタスには日本へ同行する各国からの使節団、商人、学者、医師、芸術家などが多数集まっていた。


 ローマ教皇、イエズス会、フランス、イングランド、スコットランド、ネーデルラント(オランダ)、スウェーデン、ミラノ、ジェノヴァ、シチリア、ナポリ、トルコ、モロッコ、ロシアのシュイスキー派などが国や団体として正式な使節を送る。


 デンマーク・ノルウェー、ブランデンブルク、プファルツ、ザクセン、ヘッセン=カッセル、ヴュルテンベルク、スイス、ヴェネツィア、トスカーナなども非公式ながら加わる予定だ。


 エテルニタスには各国の貴族や高級軍人が沢山集まり、さながら社交の場と化していた。ローマ教皇、イエズス会、トスカーナなど、カトリックの中枢ともいえる勢力を包囲するようにフランス、イングランド、ネーデルラント、スウェーデンなど、プロテスタント(新教)系国家は結束を固めつつある。


 フランス国王のアンリ4世はユグノーであったが、国内事情に配慮し、カトリックへ改宗していた。しかし、昨年の対イスパニア・ハプスブルク家との戦いにおける勝利で勅令を出す。


 史実では西暦1598年に出される“ナントの勅令”とほぼ同じ内容である。つまり、プロテスタントを公的に認めつつもカトリックとの融和を目指すものだ。


 アンリ4世はカタルーニャ、南ナバラ、サヴォイア、サルディーニャ、コルシカなど急速な領土拡大でプロテスタント(ユグノーはプロテスタント・カルバン派のフランス版。このイングランド版がピューリタン)系が勢いづいたが、見事にバランスを取った結果、カトリック系の国民からも支持されていた。


 民族意識の高揚に努めた成果ともいえる。決して国を挙げてのプロテスタント国家ではないが、カルバン派の盟主的存在だ。一方、イングランドはプロテスタント国家だが、国教会による統制を強め絶対王政へ邁進していた。


 そのため、ピューリタンは圧迫されている。此方もアンリ4世と同じくイングランド女王エリザベス1世の人気はポルトガルの領有化などにより人気が高まった結果、ピューリタンの反発は許容範囲と成りつつあった。


 史実では、ピューリタンの主流派である長老派は国教会改革を進め、分離派はアメリカへ入植してニューイングランド形成に寄与。独立派は清教徒革命の後、王政を廃してイングランド共和国が一時的に成立する。


 現在、イングランド内のピューリタン長老派信徒はフランスやエテルニテを目指す者が徐々に増えていた。つまり、フランスとイングランド共に爆弾を抱えているため、微妙な舵取りといえよう。


 エテルニタスに集まった各国の者たちは、それぞれの背景を抱えつつ、社交に名を借りた情報戦へ躍起となっている。そんな折、トスカーナ大公国の一行にひと際異彩を放つ人物が居た。


 マリア・デ・メディチその人だ。史実においてはアンリ4世へ嫁ぎ、ルイ13世の摂政となり、オーストリア・ハプスブルク家へ接近する人物である。

  

 フランスではマリー・ド・メディシスと呼ぶ。数え年で22歳、満20歳とあって各国要人の目を引いた。無論、容姿や年齢だけではなく、天下に轟くメディチ家の令嬢という背景を考えれば、無理もない。


 申の刻茶で軽く挨拶した後、奥の間へ退いた丹羽長秀が島清興(左近)に嘆く。


「左近よ、あのメディチ家のマリア殿じゃが、日本へ何しに行く気かのぉ。貴人のおなごが数千里も馬に乗るなど正気ではない。止めても効かぬ」


「フランス国王との縁談がまとまらかったようですな」


「フランス国王は正室と離縁しておらぬ。そもそも、正室の母もメディチ家の者だと聞く。欧州の王家や貴人はそのような話ばかりじゃ。まあ、その辺は日本も同じであるがな。代々、お帝の后は大半が藤原氏であろう。そんなものだとしても頭が痛くなる」


「血筋や家柄を尊ぶのは古今東西同じでございますな。まあ馬については、いざ東方へ進発いたせば、直ぐに根を上げましょう」


「それも困る。此度は急ぎ足じゃ。籠や馬車というわけには行くまい。遅くなっては敵わぬ。馬に乗れなくなったときのために10人程で担ぐ大きな籠を作り、走らせる他無いのぉ」


「はっ、職人に作らせておきます」


「もう時期、大陸公路やアフリカ沖から新たな兵も来る。我らは欧州去る前、ロシアのゴドゥノフを叩いて弱めねばならぬ。さりとてシュイスキー殿を勝たせすぎても駄目じゃ」


「抜かりはございませぬ」


 引き継ぎと帰国への準備が淡々と行われていた。






 

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