第147話 初と江の晩酌
この日、初と江の2人は幸田家が経営する茶荘の新店舗開店に立ち会い、日暮れ後の帰宅となった。初日から織田家重臣、大名および家族や重臣、富裕な商人、僧侶などが訪れ大いに賑わい、流石の2人も少し疲れ気味だ。
個室だけの高級店であり、2人は開店から各部屋をまわり挨拶するなど、大忙しだった。そのため食事する暇もなく、空腹かつ疲れている。
帰宅後、風呂に入り、マッサージを受けた2人は初の部屋で酒を飲む事にした。その前に来客との話で五徳や幸田広之へ上げるべき事案を整理する。
久し振りに会う人や初めて会話する人も多く、今後のため解決すべき事案は早急に処理しなければならない。
今回、話として多かったのは茶々の出産と並び沿海府やウラ国の事だ。来年度の遠征で現地へ番頭を派遣したいという商人が多かった。
本当はカリフォルニアの方が人類の国家史上、最大規模といえる莫大な利益を生み出すはずだ。しかし今回のカリフォルニア遠征は秘匿性が高く金の事は伏せられており、関心は薄い。
ウラ国については将来的展望として明国や朝鮮相手の間接的貿易が出来る可能性を考えての事だ。商人でなく武家だと婚姻の仲介依頼も多い。
あれこれ整理した頃合いで飲食の用意が出来たと2人の付女中が知らせてきた。持ってくるように伝える。
火鉢に熱燗がセットされ、食べものも並べられた。冬の幸田家名物ともいえる温寿司(蒸し寿司)、ヨコワ(鮪の幼魚)の塩たたき、イカの一夜干し、ウルメイワシの燻製、呉汁と夜食や酒の肴とはいえないようなラインナップだ。
「姉上、何も食べずに良かったですな」
「蒸し寿司の中身は……」
初と江は同時に温寿司の蓋を開けた。
「於江、これは寒穴子ぞ」
蒸し穴子を中心に、煮真蛸、煮車海老、焼き塩鰤、ムラサキウニ、イクラの醤油漬け、椎茸、金時人参、錦糸卵などが宝石箱状態だ。
「姉上、これは一段と豪勢ですな。穴子も申し分ないお味」
この日の穴子は煮穴子ではなく昆布で挟み、酒蒸しにしている。手が混んでおり素材本位の味わい。
次に2人は呉汁を飲む。先程より香りがたまらない。白味噌仕立ての投入汁に潰した茹で大豆が入っている。具は塩鰤、豆腐、蒟蒻、金時人参、里芋、椎茸、九条葱などだ。これも寒い時期にはこたえられない。
「於江、これは体が温まりますなぁ」
「呉汁は酒が進んでしまうのが困りもの」
続いて2人はヨコワの塩たたきへ手が伸びる。ヨコワは鮪の子供だけあって、脂分が少なくあっさりした味わいだ。これを軽く藁で炙り、厚めに斬る。
そこへ粗塩を軽く振ったもので、大根おろし、生姜千切り、九条葱が添えられ、ポン酢や酢味噌を付けて食べてもよい。
「姉上、さっぱりして食べやすいですな」
「先ずはそのまま食べて、次にポン酢、最後は酢味噌と変化を楽しめ、良きこと」
このあたりから酒のピッチが上がり始め、イカの一夜干しやウルメイワシの燻製をつまむ。ウルメイワシの燻製は醤油ダレへ浸けた後、燻製にしたもので酒の肴としては申し分ない。
「ところで姉上、女直の3人は流石寒さに強いですな」
「イルハ殿の話では冬場は向こう岸の見えない川が凍るとか。歩いてると薄いところがあって落ちたら仏なってしまうそうで……」
「何とも恐ろしい話ですな。虎、豹、熊なども居るらしくなかなか厄介な土地のようでして……」
「米沢殿(伊達政宗)はかような地へ行き無事帰ってこららるか姉上(茶々)も不安でしょうに」
2人は北方についてあれこれ話しつつ酒盛りは続くのであった。
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