第146話 竹子と五徳

 晩秋から初冬に近づく頃、織田信孝と幸田広之は朝廷側へ大陸の状況と展望を説明するため、3泊4日の予定で昼前に出発した。


 先日、広之が近衛前久と二条昭実へ説明したのとほぼ同じ内容なので問題はない。


 旧二条城跡は幕府の政庁として再建され、織田家の都における拠点は伏見城だ。信孝上京の際は前日から宿改めや寺社改めが行われ、桂、山科、宇治、下鴨神社のあたりに兵が駐屯する。


 さらに鴨川や桂川の橋でも兵が立っていた。京の都は地理的に見て攻め込まれた場合守るのが難しい。本能寺の変以外にも本圀寺の変や永禄の変という例が存在する。


 本圀寺の変は将軍に就任したばかりの足利義昭が織田信長の不在中、三好三人衆などに襲撃された。また永禄の変では将軍足利義輝が三好義継や松永久通などの襲撃を受け、信長と同じく討ち死にしている。


 17年間で将軍とほぼ天下人が計3人襲われ、2人は亡くなっており、問題は信長だ。現代人の広之からすれば、義昭や義輝の件は風化するほど昔の話でもないのに不用心すぎる。


 織田幕府は主要街道に駅伝制(伝馬駅には物見櫓もある)や各拠点を結ぶ伝書鳩網を整備しており、軍勢を補足すれば連絡が届く。


 信孝上京時は丹波、近江、大和、伊賀、摂津、河内の各方面から敵が侵入したり、一揆や謀反などあらゆる事態を想定。厳重な警戒体制が敷かれている。


 夜間などは主要な通りは柵で通行を規制し、兵士が立つ。そして、一帯を夜通し灯りで照らす。


 京の都が物々しい一方で大坂は表面上は静かである。


 信孝と広之の2人が大坂を出るとなれば信孝の正室竹子も大人しくするはずもなく、昼から幸田邸を訪れていた。その前に伊達家の屋敷へ寄って茶々の赤子をあやしている。


 昼食と申の刻茶を兼ねた女子茶会となり、その代わり菓子類が多めに用意された。焼栗、蜂蜜羊羹、ヨックモックのシガール風、マロンタルト、薩摩芋のタルト、シナモンロール風などがテーブルに並ぶ(和洋折衷の間)。


 蜂蜜羊羹はあまりに高価な値段となるため幸田家経営の菓子店でも非売品だ。幸田家の贈答用のみ作っている。シナモンロール風はシナモンの代わりに胡桃ペーストを使い、抹茶グレーズが掛かっていた。


 竹子、五徳、初、江、菊、福、藤(元筒井定次室、織田信長三女)、永(元前田利長室、織田信長四女)、イルハ、アブタイが参加していた。アブタイは初参加となり緊張の面もちだ。


 サモワールのような湯を沸かす大きな器具が備え付けられており、各々好きな茶を言えば女中は直ぐに作る。お湯が足りなくなれば熱湯はサモワール風器具へ足された。


「於初と於江よ……。そなたたちも可愛い甥が出来て良き事よのぅ。自身の子が欲しいとは思わぬのか」


「御台様、欲しくないといえば嘘になりますが、この家を出てまでは……」


「於初はもう歳ゆえ、このままでは貰いても居なくなるというもの。後悔先に立たずとも申す」


「御台様、幕府においては女子の望む所を重んじておりますれば、致し方のないというもの」


「五徳殿の如き恵まれた御仁は誠に稀であるからのぉ。普通の者はなかなか、そこまでの運など無いというもの」


 徳川から出戻りで幸田家へ嫁ぎ、満足のゆく生活を謳歌している五徳には軽い嫌味ともいえる。そして福にも何か言おうと思い視線を向けたが、全くの無反応であり、言葉を呑む。


 福は焙じ茶をラテを飲みながら、ときおりシガール風を食べている。こちらはキャラメルソースが掛かったものだ。


 イルハは蜂蜜羊羹を食べつつ、アブタイへ薩摩芋のタルトを勧めた。薩摩芋に慣れてないアブタイは風味が今ひとつのようだが、その甘さや香りに驚く。


 茹でた薩摩芋へ石焼きにした薩摩芋を加え、さらに蜂蜜、ラム酒、白餡を加えて練ったものを使っている。タルトの皮部分には焙じ茶の粉末が入っており芳ばしい。


 アブタイは明国の皇帝でさえ、こんなもの食べてないであろうことを薄々感じながら、日本の豊かさへ恐怖を抱くのであった(ここだけ別次元だが)。


 イルハとアブタイの様子を見ながら五徳はジンジャーミルクティーを飲んでいる。初と江は秋に収穫したイチジクのジャムとラム酒が入った紅茶を堪能していた。


 そして日が暮れてから遅めの宴が始まる。この日、炉端焼きと塩鰤の酒粕汁がメインであった。


 炉端は塩引き鮭、塩鰤、塩鯖、鮭とば、半片、鶏つくね、豆腐田楽、チーズのベーコン巻き、じゃが芋餅、じゃがバター、葱入り油揚げ、椎茸、チーズ入りおやき……。


 アブタイは囲炉裏で焼きながら食べるのは日本への船中で体験していた。しかし、ここまで本格的なのは始めてで楽しそうだ。


 江から塩鰤を勧められ食べながら、日本酒の熱燗に手を伸ばす。イルハに鍛えられているためかだいぶ慣れてきたようだ。


 イルハはといえば半片を食べた後、おもむろに葱入り油揚げで日本酒の熱燗を飲む。


 こうして女性だけの宴は続くのであった。


  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る