第145話 幸田広之の晩酌④

 寒さも身にしみる時期となり、茶々が無事に出産した。それも待望の男児だ。伊達政宗と伊達家大坂屋敷の家臣は歓喜に満ちている。


 初夏の頃、幕府より来年度の沿海州出兵について通達があった。政宗も希望通り選ばれ、これで後顧の憂いなく大陸入りが可能となったのだ。


 沿海府へ2万、ウラジオストックへ3万。この他に農民や漁師などが移民として合計3万ほど加わる。


 沿海府へ向かうのは、織田家が半数、残りを森家と滝川家。ウラジオストックは織田家の他、徳川家、伊達家、蒲生家、稲葉家、黒田家、蜂須賀家、毛利家、小早川家、堀家などだ。


 長谷川秀一、仙石秀久、戸田勝隆(丹羽家の家老戸田勝成の兄)、堀尾吉晴、増田長盛たちは丹波屋仁兵衛を伴いカリフォルニアへ向かった。


 この他にも南方へ大量の移民や織田家の増援が行われている。


 御用窯によって作られる磁器、近江甜菜より作る砂糖、煙草、生糸、北海道などの海産物、貿易は売上が順調に伸びていた。


 また大坂、京の都、江戸といった大都市で相撲、流鏑馬、蹴鞠、舟の競争、将棋、囲碁において賭けが行われ、その収益は町の整備へあてられている。


 無論、全国の金山、銀山、銅山の採掘も行っており、幕府体制は盤石の様相だ。


 全国の街道沿いの宿場や湊は整備されており、また幕府には街道奉行や湊奉行と呼ばれる役職が存在する。これらは織田家直臣や諸大名と連携しながら抜け荷、無認可売買、物流、道中の安全などを管理していた。


 織田幕府の方針としては江戸幕府的な諸大名を統制下の下自治を認める方式ではない。外様的な大名であっても形の上では幕政へ参加させる事により、緩やか統一政体としている。


 江戸幕府は徳川家=将軍家=幕府が実質的に一体化していた。織田幕府においては形だけにせよ切り離す事で、中央政府と地方自治体的な区分けをしている。


 その結果、全国一律の天正令に基づかない法度を各領主が出す事はない。江戸幕府では実現出来なかったような政治体制となっている。


 それが可能なのは朝廷の権威を可能な限り復古させているからだ。幕府には公院(定員5名)という関白から任命された公家たちの組織がある。


 さらに朝廷側への報告や協議など密接な間柄となっており、評定衆や各省の責任者が新任した際は必ず関白や天皇から追認を受けるという形式だ。


 また織田幕府体制下においては外様大名を疲弊させる事もなく、むしろ逆である。国家全体で豊かになるという方針なので、幕府支援の下、殖産振興へ取り組んでいた。


 例えば、島津家などは鰹節、茶、薩摩芋、じゃが芋、蒟蒻芋、砂糖きび、漁業などに注力し、豊かな財政を維持している。まず儲けさせた上で無理ない程度の支出によって領内の経済を発展させるという形だ。


 諸藩も似たようなもので、年々代用貨幣といえる米は地位を下げ、換金作物や商業の収益が拡大していた。


 これらを主導しているのは幕府総裁幸田広之である。本日は日帰りで堺に行き日が暮れてからの帰宅となった。仕事であったが、イルハたち女直も同行。堺の鍛冶工房や現代で言うところの仁徳天皇陵などを見学し、面白がっていた。


 広之は風呂に入った後、マッサージを受け自室に入る。程なくして側室となったお菊が酒と肴を持ってきた。広之が最近お気に入りの酒は3年程熟成させた麦焼酎だ。広之は内心、“三年の孤独”と名付けている。


 肴は何かわからない新作のチーズ、生ハム、サラミ、オリーブの塩漬け、じゃが芋のグラタンが並ぶ。


 熱いうちにグラタンを半分程食べる。茹でたじゃが芋をマッシュ状にしてバター、牛乳、パルミジャーノ、コーンスターチでソースを作っており、なかなかの味だ。


 空腹を満たすとオリーブで軽くクールダウンしつつ三年の孤独へ手が出る。この間、近衛前久たちに出した際も絶賛していた。


 お菊は一旦部屋を出た後、自身の酒と肴持参で再び入ってくる。肴は確実に姉のお初や哲普たちの夜食か晩酌と同じはずだ。それとなく確認する。


 いわゆるやみつき胡瓜、丹波の黒枝豆、豆腐の白和え、豆腐の味噌漬け、乾燥わかめを戻し、タレに浸けた後、片栗粉で揚げたものなど……。


 流石にお初の妹だけあって、厳選された肴で隙がない。


「お菊……こちらへそれを持って来い。一緒に飲もうではないか。いや、その前に枝豆と白和えまだあるようなら持ってきてくれぬか」


「殿様、少々お待ちくださいませ」


 その後、しばらくして揚げたての厚揚げも加えて戻ってきた。九条葱、生姜、酢漬けにした青唐辛子、山椒などを胡麻油、塩、魚醤で和えたものをのせている。


 お菊にイルハとウラ国の者たちが仲良くしているかなど聞きつつ酒をむ広之であった。







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