第148話 幸田家の飲茶

 本日は登城もなく幸田広之は書生や他家家臣(主に織田家、右幸田家、丹羽家)などが学ぶ城外の屋敷で講義をしていた。


 大坂城には天守閣が無く、石垣も史実における豊臣時代や徳川時代の如く壮大なものとは違う。そもそも大坂城が攻められるような事態となれば織田家や幕府は終わりであり、権威を示す以外の意味はない。


 それならば無駄な労力と財力使うより、大坂の開発を優先した結果だ。大坂の町衆から織田信孝と幸田広之への評価が絶大である理由のひとつといえる。

 

 氾濫する河川の治水、運河の開削、整理された街路、治安の維持以外にも、武士の横暴を許さない法度や姿勢など絶大な信頼となっていた。


 また大坂城、二条城、伏見城、江戸城に天守が無いため、諸大名の多くも大きな天守の造営を憚り、作らない者も多い。


 二条城と伏見城については御所の眼前で礼を失するというのが表向きのである。実際は史実の慶長伏見地震(西暦1596年)を踏まえての事だ。



 さて広之は講義が終わると屋敷へ戻り、昼食と申の刻茶を兼ねた飲茶の準備確認と指示に追われる。


 これまでときおり飲茶は行ってきたが、女直か増えた事もあり少し本格的にやろうと思いたったのだ。金万福もこの日に備え色々準備をしていた。


 飲茶で点心が出てきたのは明代の蘇州だという。いわゆる広東飲茶の発展は清代になってから。福建出身の庶民である金万福にとっては茶を飲みながら花巻(具無しの肉まん的なもの)や油条(福建では油炸鬼)など流し込むものでしかない。


 金持ちでもせいぜい焼売くらいなので高貴な者が贅を尽くして食べる飲茶はなかなか想像出来ず戸惑った。これまで行った飲茶なども金万福から見れば、明らかに異質な独自の形態だ。


 今回用意するのは海老腸粉、蛋餅、叉焼、脆皮焼肉、蘿蔔糕(蒸した大根餅)、焼売、椎茸の海老すり身揚げ、生煎包(いわば焼いた小籠包)、豉汁蒸五花肉、柱侯蒸五花肉、金華火腿と揚げ大根の炒め物、ちまき、鹹水角、雲呑、胡麻団子、タピオカと薩摩芋のプリン、豆腐花、黒糖薑汁糕(いわば蒸し羊羹)、薑茶湯圓(黒胡麻団子の生姜汁)などだ。


 海老腸粉は蒸した米の皮に包んでおり蕩けるような食感がたまらない。蛋餅は台湾名物のでん粉と卵で作ったクレープ的なものだ。


 豉汁蒸五花肉と柱侯蒸五花肉は豚のバラ肉(五花肉)を使っているが本来はスペアリブで作る。柱侯蒸五花肉は柱侯醤を使うが本来19世紀の発祥。たまり味噌みたいなものへ砂糖、醤油、にんにくなどを加えている。


 金華火腿と揚げ大根の炒め物は金万福考案のオリジナル料理だ。彼が作った金華火腿と陰干し大根の素揚げを炒めている。干し貝柱と干し牡蠣の出汁を少し加えており、味見した広之も唸った逸品。


 鹹水角はいわば春巻きのような具を糯米粉で包み揚げたものだ。豆腐花は甘いタレで食べる。


 この日は何やら凄いものを作っている、と察した五徳や浅井二姉妹によって織田信孝と竹子、さらに子供たち。あるいは産後の経過も順調な茶々と伊達政宗なども昼食を取りやめ訪れた。


 そして蒸籠や皿が運ばれてくると一同、品数の多さに驚く。


「左衛門よ、これだけの面々が酒なしに集まるのは珍しいことよのぉ。酒に合うようなら無理にでも所望いたすが、茶に合う事を是としたものなのだろ?」


「上様、仰せの通りでして、明の普洱茶の一級品もご用意しており、存分に茶と明風の美味をご堪能頂ければと存じます」


「それは良いが、妾と上様を呼ばずに食べようとは如何なる了見か……」


「御台様、此度は初めての料理も多い故、先ずは試してからと思いまして……」


「左衛門殿が作る料理で不味いものなどありえぬ故、無駄な気遣いは不要でござろう」


「儂もそう思うぞ。遠慮は無用」


「ははっ、御意にてそうろう」


「さあ皆様方、お好きなものをお召し上がりください」


 広之を三法師が呼び、1番のお勧めを聞いてくる。少し迷い生煎包を持ってきて差し出した。


「殿、熱いのでお気をつけくださいませ」


「あい、分かり申した。これは熱ぅございます」


 三法師は熱さにたじろぐも美味しそうに食べる。


 一方、ナムダリとアブタイは柱侯蒸五花肉を気に入った様子だ。イルハは金華火腿と揚げ大根の炒め物を食べながら酒が飲みたいと思うのであった。


 金華火腿を作っている河内のファームはイルハもよく遊びの行くので、金万福が仕込むのも見ていたからこそ、真っ先に食べたのだ。仕上げに珍念紹興酒がほんの少し振られ、風味も格別。さらに上等な金華火腿の深い味わいと大根の組み合わせは絶妙である。


 五徳は広之に勧められ柱侯蒸五花肉を口へ運ぶが、やはり米と酒が欲しいと思うのであった。


「左衛門……。やはり酒が合うものばかりでないか。我慢するが、何れは酒と一緒に出してくれ。ところで、此度の料理は沿海州でも作れるのではないか?」


「魚は使っておりませぬ故、仰せの通り」


「藤次郎(政宗)よ聞いての通りじゃ。これだけのものを食べれば不服はあるまい」


「彼の地では虎が猫や犬並みに出ると聞いております故、退治して食べるのも良いですが、願わくばかような料理のほうが有り難く存じます」


「茶々も遠慮せず頂け。そなたも、しばらくうまいものとは無縁であったろぉ」


「上様、何れも美味しゅうございますが、迷ってしまい、困っております」


「迷わない方が無理じゃな」


 福は端の方で無表情ながらタピオカと薩摩芋のプリンの美味しさに感動しながら食べている。


 こうして昼過ぎから始まった飲茶は夕方まで続いた。





 

 

 

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