第283話 天正22年のクリスマス

 天正22年12月24日(西暦1595年2月3日)。今年も幸田家は年末気分となっていた。商売における売掛以外の仕事はほぼ片付いている。幸田家における年末3大行事といえばクリスマス、忘年会、大晦日だ。

  

 酒やご馳走が振る舞われるため、家中の者は毎年恒例楽しみにしている。新しい服や足袋が支給される他、ボーナスに相当する銭も配られた。


 広之個人として基本的にボーナスや退職金みたいなものは普及してほしくないと思っている。日本型雇用の問題として、労働者への人権意識や違法労働が十分改善されない背景にボーナスや退職金もあると考えていたからだ。


 そうはいっても現代のような銀行、ネットバンキング、クレジット決済がない以上、支払いは年末に集中してしまう。やはり、ある程度の便宜や配慮は必要だ。世の中の空気を地味に変えていく他ないというのが、広之の結論だ。


 さて、今年のクリスマスだが、鶏の素揚げ、チーズシカゴピザ、ポテトパイ、スペアリブ、ハム、ソーセージなどである。織田信孝や竹子たちが帰った後に、家中でも似たようなものが出され、ほぼ宴会となった事はいうまでもない。


 そして、仕事を終えた台所の料理人たちも次々と上がっていく。それでも宿直や警護の者たちへの夜食を出したりするため、残っている料理人も居る。基本、作り置きされたものを鍋ごと温める事が多く、大抵は下っ端の仕事だ。


 お初は、お蒔と一緒に風呂へ入った後、お末の部屋へ向かった。既に料理が並んでいる。ハム、生ハム、スペアリブの大根煮、鶏のひつまぶしなどが並んでいた。 


 スペアリブの大根煮は金万福、鶏のひつまぶしは哲普が作ったものだ。金万福は漢人のため、豚の料理に長けている。ひと口サイズに切った豚肋肉を軽く炒め、焼酎をたっぷり入れて煮込まれており、仕上げの珍年紹興酒の風味が堪らない。


 鶏のひつまぶしは、胸や腿の一枚肉を炭火で焼き、おひつに入れたご飯の上に切ってのせている。これらを碗に取り分け、別皿の海苔と九条葱、発酵させた白菜漬け(刻んでいる)を加え、ほうじ茶が注がれ、茶漬けで食べるという寸法だ。


 流石に、お末は広之たちと食事を済ませているので、生ハムなどで軽く飲む程度だ。また、お初の妹であるお菊は身籠っているため、参加せず大人しくしていた。


「さあ、お初さんと、お蒔ちゃん、ご馳走が揃ってるわよ」


「鶏のひつまぶしに豚の骨付き肉と大根の煮物なんて贅沢よね」


「お初さん、鶏の素揚げや豚の骨付き肉を煮込んだものとか、台所で味見されてたのに……」


「お蒔ちゃん、上様や殿様へお出しするのに加減をみなければ、ね。今は寒いから、それ程でもないけど、豚の火加減は殿様からも厳しくいわれてるし」


「それにしてもお初さんやお蒔ちゃん、鶏の素揚げは数多いから、難儀されたでしょ……」


「丸のまま揚げるから、大鍋使うけど、ああいうのは万福さん上手で助かるのよ。いち度軽く揚げて余熱を通してから、もういち度揚げて……」


「それなら、まとめて出せるわね」


 お蒔は2人の会話を聞きつつ、碗に鶏のひつまぶしを取り分けていく。そして、茶を注いだ。ほうじ茶の芳ばしい香りが漂う。


「私も結構食べたけど、これは別腹」


「皮だけ先に弱火で脂落としながら焼くのよ。それからタレに漬けて身の方焼き、最後皮を仕上げでからりと焼くから香ばしくて美味しいわよ」


「随分、手間が掛かるのね」


「お末様、それだけではございません。茶葉を炭の上に巻き、その煙で燻すように焼いております」


「茶葉も使ってるのね。気が付かなかったわ」


 そして、3人は一斉に食べ始めた。


「やはり美味しいわよね。ところで、お末さん。夕餉のフォルマッジォ(作っているアブラギータはイタリア人のため)をじゃが芋や肉を生地にのせて焼いたのはどうだったかしら」


「美味しかったわよ。上様や殿様たちも喜んで召し上がられてました」


「お初さん、あれ味見したかったのに気が付いたらありませんでした。楽しみにしてたのに……」


「残念だったわね。早い者勝ちなのよ」


 お末が少しからかう。


「そういえば哲普さん、フォルマッジォで何か作ってました」


「あれは、自分の部屋で食べるものよ。おやきの中に刻んだ白菜の漬物とフォルマッジォが入れてたわ。それを、部屋の火鉢で焼いて食べるらしいけど」


「それも、美味しそうです」


「今頃、熱いとかいって食べてるわよ。フォルマッジォも色々あるけど、柔らかくて伸びるやつと硬いの使ってたし」


 その頃、哲普は熱いチーズ入りおやきを堪能していたのであった。



 

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