第282話 遥かなる敦煌にて

 丹羽長秀率いる幕府同盟軍に同行していた西域調査団は呼和浩特から西安(かつての長安)へ移動。先ずは河西回廊を進み敦煌を目指した。そこから、天山北路と天山南路、西域南道と青蔵公路へ行く隊に分かれる。


 西安を出た調査団は天水から蘭州に入り、ここで待機。幕府同盟軍がオイラトを駆逐した事により、安全が確保された。そして西安からの補給部隊と一緒に武威、張掖、酒泉、嘉峪関、安西を経て敦煌へ到達。


 調査団には歴史へ精通した漢人の学者、明国の臨済宗、浄土宗、天台宗などの僧侶。さらに、日本の臨済宗、浄土宗、法相宗の僧侶も加わっている。


 無論、調査団発案者は織田幕府総裁幸田広之だ。敦煌莫高窟発掘の上、壁画や巻物などをこの地に保存するためである。


 この時代の敦煌はかつての栄華とは程遠く、昔の話であり、砂に埋もれ朽ち果ててつつあった。明朝の直接的支配は陜西省の嘉峪関が限界であり、そこも一時はモグーリスタン・ハン国のマンスール・ハン時世に陥落されている。

 

 敦煌や嘉峪関に近い苦峪(鎖陽城)も同様。嘉峪関の西側一帯は関西八衛というのが置かれ、羈縻政策を行っており、常に不安定だ。


 明朝はオイラト、蒙古、モグーリスタン・ハン国などに脅かされおり、嘉峪関でさえおぼつかないのが現状といえよう。西暦1516年(明の正徳11年)、敦煌は陥落。  


 その後、明朝は嘉峪関以西を放棄し、瓜州と沙州(敦煌)は廃止。住民は嘉峪関内へ強制移住させられた。ようは一種の焦土戦術である。


 かつて玄奘三蔵法師こと陳褘も敦煌へ立ち寄ったといわれる。ちなみに三蔵や法師は尊称のため固有名詞でない。玄奘に至っては戒名だ。

  

 玄奘三蔵法師の弟子が法相宗を啓く。遣唐使の一員として入唐した道昭は玄奘に教えを請い、日本へ伝えた。 その道昭の弟子とされるのが行基だったりする。


 広之が転移した時、駆け込んだ泉州岸和田の久米田寺(哲普の居た寺)も法相宗だ。その後、広之の出世により、援助を受けて久米田寺は再興しつつあった。


 哲普と一緒に久米田寺で修行をしていた兄弟子哲景も今回の調査団へ加わっている。西安へ立ち寄った際、哲景を始めとする法相宗の僧侶は玄奘三蔵法師ゆかりの大慈恩寺や彼が亡くなると唐の三代皇帝高宗が建立した興教寺を訪ねた。


 大慈恩寺は仏教が衰退する中華王朝において数十年前、新しく建て直されたばかりだ。興教寺は、唐において仏教の総本山とされていた。臨済宗や浄土宗の僧侶たちも同行し、約1千年も前に玄奘三蔵法師が成し遂げた偉業を偲んだ。


 そして、調査団は廃墟と化した敦煌に到着するや月牙泉のそばに野営地を造営。そして風が吹くと砂が鳴くような音を出すという鳴沙山へ向かった。


 鳴沙山東の断崖に1.6kmに渡って掘られた莫高窟、西千仏洞、安西楡林窟、水峡口窟など石窟(現代では700窟以上)と、その中に安置された無数の仏塑像(史実では2400あまり)を発見する。


 石窟内は壁画が描かれ、総面積は45,000平方メートルに及ぶ。西暦1372年、嘉峪関が作られると、関外の敦煌や莫高窟は廃れ、西暦1529年(明の嘉靖8年)に沙州(敦煌)放棄で、忘却の彼方へ過ぎ去った。


 明国の臨済宗において著名な僧侶である紫柏真可も今回の調査団へ加わっている。次々と発見される埋もれた仏教窟に驚愕したのはいうまでもない。莫高窟は千仏洞ともいわれるが、見た事のない異様な光景であった。


「紫柏殿、第16番石窟の甬道東壁向こうに隠された小石窟が見つかりましたぞ。数え切れない程の経典や絵画などがございます」


「何と噂は本当であったか……。仏の思し召しじゃ」


 史実においては、西暦1900年に発見され、数万点もの経巻類が眠っていたのだ。何れも11世紀より以前で、西夏王朝(西暦1032~1227)が1036年頃に敦煌へ侵入する直前、襲撃に備えて小さな石窟へ隠したと考えられた。


 だが、西夏は仏教を信奉しており、当時はイスラム教勢力が東進している時代だ。西域における仏教の中心コータン(ホータン)も陥落し、仏教遺跡が破壊されていた。


 そのため、危惧した西夏が封じ込んだという説もある。他にも不要となった物を廃棄したという説もあり、真相は不明だ。莫高窟(敦煌の仏教窟群)が作られ始めたのは五胡十六国時代の4世紀頃。その後、隋唐期に最盛期を迎えた。


 紫柏が小石窟へ着くと哲景たちは恍惚の表情で巻物を紐解き読みふけっている。紫柏は通詞(通訳)から日本が今後、敦煌石窟群の保護と再建、ならびに仏教の宗派問わず、僧侶たちの来訪や居住へ十分な費用を出すと告げられた。


 今、明国内の仏教各派は遼東、遼西、清州、沿海州、台湾、明国の日本租借地へ我先に進出している。紫柏も敦煌へ数年間は住む事を決意するのであった。


 


 





 

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