第152話 天正20年の正月

 年末恒例のクリスマスや忘年会も無事行われ、いよいよ大晦日の日を迎えた。天正19年の大晦日は西暦(グレゴリオ暦)でいえば1592年2月14日である。


 この日は朝から、宿直予定者や警護の者を除けば特に用事もなく皆好きに過ごしていた。大半のものは昨日というか連日2日酔いであり、朝食も食べない。一旦起きても2度寝という普段の武家なら許されないような事も無礼講だ。


 昼頃から、茶など飲み始めるが福のように部屋で読書に耽る者も結構居る。怖過ぎると評判が悪い怪談話名人猪名川などは本来話上手であり、仙丸の子守り役を引き受け、楽しませていた。


 ナムダリとアブタイは初めて迎える日本の大晦日と元旦に興味津々だ。鏡餅や門松を不思議な顔して見ている。鏡餅は室町時代、門松は平安時代まで遡るらしい。門松は中国伝来らしいが相当日本風に変異している。


 幸田家の鏡餅は昆布や干しスルメが使われており、おおよその意味合いは女直にもわかる。米、酒、塩を神聖視し、縁起を担ぐというのは遠い異国ながら理解の範疇だ。


『大晦日にあまり火を使ってはいけない』『大晦日と元旦に掃除や洗濯をしてはいけない』『元旦に風呂へ入らない』『正月三ヶ日は刃物、煮炊き、竈などは禁物』などという慣習も違和感ない。


 基本はそうなのだが、幸田家の家風において、無事年越し出来た事へ感謝しつつ無病息災を祈念すれば良しとしている。過度な縁起より実質本位だ。宴会などは行わないにせよ、自由に楽しく飲み食いする事が許されていた。


 無論、個人の自由は最大限に尊重されるので風呂へ入らないとか、米を食べる食べないなどは、それぞれの自由。ただし、風呂について事前に入りたい者を調べ、その者たちだけで水汲みや火を炊いたりする。


 歳神様および竈や台所に感謝する儀式みたいなものはあるが簡単なものである。大晦日の数日前から家畜を殺さない。魚も基本的に味噌漬けなどになる。


 夕方になると大抵の者は酒を飲み始めていた。広之や五徳たちは囲炉裏で鮭とば、餅、田楽豆腐、塩引き鮭、塩鰤、塩鯖などを焼いては食べている。この他にも芋煮、漬物、チーズが並ぶ。仙丸は甘酒だ。そして夜になると年越し蕎麦を食べた。


 こうして新年を迎え、元旦の早朝は初の日の出を拝む。広之は登城するので、支度をしなければならない。家人たちも正装へ着替え、登城前に大広間で広之や五徳へ挨拶をする。皆、座る位置や発する言葉など決まっており、物々しい。


 帰宅してからが、いよいよ忙しい。織田家筆頭家老及び幕府総裁という立場から織田家の重臣や諸大名が行列を作り挨拶へ訪れるので対応に追われる。


 なお、この時代本来であれば初詣はない。江戸時代にあったのは“恵方詣り”で、恵方巻きと同じく恵方に参拝した。そのため毎年お参りする所は異なる。


 ちなみに広之と五徳が結婚した年は天正12年であり、十干は癸だ。恵方は丙で南南東となる。恵方は4方向しかない。なので、その時は家臣と五徳がうるさく、大坂城から一旦南南東の平野方面へ進み、帰りに住吉社へ寄った。


 住吉社から帰る途中に早馬で結婚が決まったとの知らせを受けたのだ。そのため以降は恵方を無視して住吉社へ初詣するのが幸田家の慣習となった。


 広之が住吉社へ初詣を行うのは知られている。そのため住吉社は大坂における初詣の聖地となってしまった。


 本来なら元旦に行きたいところではある。しかし役職がら難しく2日へ行くのが恒例だ。なので、挨拶への対応が終わるとようやく落ち着けるかといえば、そうもいかない。


 大抵、挨拶とは別に人が集まってくる。今年は徳川家康、池田恒興、中川清秀、高山重友(右近)、細川忠興、蒲生氏郷、蜂屋頼隆、岡本良勝、小島兵部、武田信君(穴山信君)などが顔を揃えた。


 大きな囲炉裏では鍋に入った酒粕汁が良い香りを放ち、そのまわりでは五平餅、おやき、塩引き鮭、鮭とば、塩鰤など焼かれている。またチーズ、生ハム、干し鮑の煮貝、酢蛸、煮蛸、漬物が並べられた。


「しかし、今年はいよいよ三河殿(家康)、米沢殿(政宗)、忠三郎殿(氏郷)は朝鮮の北東へ参られるのぉ。儂も早く行きたいものじゃ。このままでは刀が錆びついてしまうわい」


「瀬兵衛殿(清秀)にもそのうち番が来るじゃろ。それまで待たれよ」 


 清秀に対して恒興が笑いながら諭す。


 やはり話題は女直の事が多い。広之が白河城での戦いについて詳細を説明すると、皆釘付けとなった。広い大陸での戦い方や騎馬民族の戦法など歴史知識を織り交ぜながら噛み砕きつつ話す。

 

 大陸の高い城壁を如何に崩すか、鉄砲の有効活用、弓騎兵対策など議論が白熱する。


 こうして天正20年の元旦は過ぎていった。


 



 


 

 

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