第151話 異国居酒屋

 クリスマスも無事終わって、本年も僅か数日となった。恒例の幸田家忘年会も秒読みとなり、家中の者は最後の追い込み仕事に追われている。そんな最中、暇を持て余しているのはイルハ、ナムダリ、アブタイの女直3人衆だ。


 寒いといっても厳寒の地に居た3人からすれば然程でもなく外出は堪えない。来年の1月から石炭ストーブ(暖炉)の使用が許可されており、すでに大坂城内、各大名屋敷、富裕な商人宅などでは設置済みだ。


 各地で契約した代理店のような業者がストーブや専用竈門の販売、設置工事、取り扱い説明、石炭の販売などを行う。


 北海道と沿海州はすでに使われており好評だ。ただし、北海道や沿海州は普通の石炭や泥炭を使っているが、人口密度が極端に低いので環境への負荷は少ないと判断された結果である。


 しかし1月から販売される石炭は無煙炭だ。これは練炭や豆炭の原料にもなる。無煙炭は簡単にいえば炭化度の進んだ石炭であり、炭素含有量が高い。そのため、他の石炭類に較べ、燃焼時の煙や臭いが少なくて済む。


 現在、筑豊、天草、美祢などで採掘されているが全て幕府の御用炭田となっており、今後はインドネシア、満蒙地域でも採掘する予定だ。現状、大きな街では建築ラッシュが続き、造船も多く、木材の値段は高い。もし大きな火災や地震などあれば天井知らずになるのは必至。


 史実における江戸時代も薪、炭、炭団の需要は高くそれなりの値段であった。現在、南方方面は現地で造船しているが、北方と新亜州方面への船の多くは北海道を含む国内製造だ。


 そのため竹炭の生産が増えているが、これにしても高い。燃料価格が大きく値上がりしている最中に膨大な量の無煙石炭を投入すれば、少なくとも価格は落ち着く。


 ちなみに炭団(たどん)は木炭、竹炭、石炭を固めたものだ。日本で本格的な石炭採掘が産業化されたのは18世紀とされ、大陸に比べたら遅れていた。


 燃料の値上がりは物価の上昇へ直結するため、満を持しての投入である。台湾の砂糖きびや内地での近江甜菜による砂糖製造、御用窯での磁器製造、煙草など幕府の専売的商品は莫大な利益を生みつつあり、石炭も加わろうとしていた。


 日本人はとかく寝ない自慢、残業自慢、有給未消化自慢、食事抜いている自慢、暖房や冷房使わない自慢などに走り勝ちだ。そういう文化をあまりよく思ってない幸田広之はこの時代において風潮を変えつつある。


 申の刻茶などはその最たるもので、多くの家中や商人も幸田家解ではないにしろ追随した結果、慣習化した。さらに上方では空前の旅行ブームが起きており、清水寺、金閣寺、東大寺、住吉社、伊勢参り、南紀白浜、高野山、淡路島、有馬温泉、城崎温泉、天橋立、敦賀、琵琶湖遊覧、淀川遊覧などは人気だ。


 有名な寺社などは広之の勧めにより御朱印帳へ対応し、大きな利益となっている。この他にも御守りや御札、厄落とし、結婚式、精進料を食べさせる宿坊など現代さながらの商業化へ走っていた。これは荘園の縮小や門前市などからの利益が細っていく寺社への懐柔策でもある。


 ナムダリとアブタイも独特の出で立ちで街道沿いを歩いている大勢の人たちが寺社を見たり、温泉へ行くための旅人だと知ったと時は心底驚いた。中には女性1人という場合もあり、銭を持っていることを考えればおよそ考えられない。


 そんな女直一行たちは河内長野を散策し、夕方には清洲町まで戻り、イルハ行きつけの居酒屋へ入った。囲炉裏のテーブルがある店で明らかに幸田家風だ。


 囲炉裏では鍋が用意されていく。軍鶏鍋である。内蔵まで含めて切り分けられた肉、里芋、椎茸、金時人参、牛房、難波葱、芹、豆腐、ほうとうのような麺などが並ぶ。醤油、日本酒、味醂、砂糖、昆布などで出汁が取られ、仲居が順に具を入れていく。


 ナムダリとアブタイが目を輝かせながら鍋を見つめていると様々な料理が運ばれてきた。辛子蓮根、蓮根揚げ、蕪の酢漬け、生ひじきの酢味噌和え、鯖の味噌煮……。


 アブタイが辛子蓮根を口にして顔を歪めている。しかし辛さが脳を突き抜けると蓮根の滋味と食感が後から追いかけくるではないか。気を取り直し日本酒を飲むと、やはり最高に合う。


 ナムダリは鯖の味噌煮を食べその美味しさに笑顔がこぼれる。


「イルハ殿、この魚は屋敷だと焼くか汁で食べるが、味噌で煮ると火曜にも美味いのだな」


「日本人は味噌好き。何にでも味噌を使います」


 アブタイは2人の話を聞きつつ蓮根揚げを食べ思わず声をあげた。蓮根を白出汁へ浸けた後、片栗粉に付けて揚げたものだ。軽く青海苔や山椒が掛かっている。


 無論、サクサク食感であり、酒にとの相性は最高だ。イルハはそれを満足気に見つつ辛子蓮根と生ひじきを交互に食べつつ日本酒を飲む。


 そうこうしているちに鍋が煮え、仲居が器へよそって差し出す。


「これは、また美味い。この草(せり)のほのかな苦味が実に良いのぉ。それに何かの根、もしくは茎のようなものが鶏と合う」  


「ナムダリ様、それは牛房と申しまして日本人の好きな野菜でございます。きんぴら牛房という料理や米と炊いたものも実に美味」


 この後、3人は鍋の残りに卵を入れ、ご飯にオン・ザ・ライスで即席の親子丼として食べる。こうして今回も椅子駕籠で帰る羽目となった。

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