第150話 天正19年のメリークリスマス

 今年もクリスマスイヴがやってきた。織田信孝の家族と幸田家による秘密行事化して久しい。そもそも天正19年12月24日は西暦(グレゴリオ暦)1592年2月7日であり、まったく意味をなさない。


 幸田広之に歴史を教えられるまで、ほぼイエズス会宣教師の言う事を鵜呑みした上、ポルトガルやイスパニアの所業も知らなかった。


 知った結果、自身の洗礼と布教拡大は日本にマイナスである事を悟り、キリスト教への入信は見送っている。決定的だったのはイエズス会による偽装使節団の事件で、あれ以来キリスト教自体へ極めて冷淡だ。


 しかし、幕府の掲げる信仰の自由への意趣返しで、クリスマスイヴの宴を継続している。このへんは信孝の頑固さが顕れている。


 広之の思惑としても、キリスト教を多神教的な世界観へ落とし込み、数多居る神にする事を目論んでいた。広之自身はイエズス会士に対し、異端審問をちらつかせながら、日本人が誤解するような概念での布教を戒めてるのと真逆だ。


 今後の勢力拡大を防ぎつつ、不十分な知識で入信した人々への処方箋としての方策である。


 そうはいっても、幸田邸で行われるクリスマスイヴは単なる食事を楽しむ宴となっおり、広之は毎年何を作るか迷うのであった。


 現代であればフライドチキンが定番だ。広之も現代で本来の家族と暮らしていた頃は某大手に並んで買ったものである。馬鹿らしいとは思いつつ、子供の事を思えば某店のフライドチキンとホールケーキは外せない。


 イヴの翌日は浦安にある某夢の国へ連れて行った事もある。クリスマスとは関係ないがシルバーウィークに大阪の某映画村へハロウィンのイベントを見せるため連れて行くなど、子供へのサービスは人並みであった。


 嫁と子供の居ない犬神霊時や肉山298といったヨゴレのサブカル独身貴族からはイヴに行列へ並ぶ事を嗤われたりしたものだ。


 毎年、イヴとなればクリスマスにチキンを食べるのは日本人だけなどといった書き込みもSNS上で賑わう。広之は歴史に詳しいので欧米の白人が揶揄する背景を知っている。


 元々、白人はホワイトミートといってチキンは胸肉などを好んで食べいた。スコットランドではチキンを揚げて食べる料理があり、海を渡ってアメリカのコットンベルト(綿花栽培地帯)でアフリカ系を働かせて、ホワイトミート以外のレッドミートは主に彼らが食べた。


 ジャマイカのジャークチキンも逃亡奴隷が作った料理だと言われている。スペアリブにしてもフライドチキンと同じくアメリカのソウルフードだ。


 フライドチキンやスペアリブは南部のイメージが強い。ケンタッキー州は元々奴隷を正式に認めた奴隷州であり、アフリカ系奴隷は白人経営のコーンやタバコのプランテーションで働いていた。英国系移民の多かった土地でもある。


 そもそも日本でソウルフードは地域特有の郷土料理もしくは地域で好まれている料理とされている。これはアメリカの解釈と全く異なったものだ。


 アメリカでソウルフードはアフリカ系アメリカ人の奴隷時代における食習慣や料理を指す言葉だったりする。そのため日本へ来るとあちこちにソウルフードが沢山あって驚く。日本にはそんな多くの奴隷が居たのか、と……。


 アメリカにおいて日本人がクリスマス時、フライドチキンを食べるという風習へ違和感抱いても大きく取り上げない。ネタとして際どい事を自覚しているからなのだろう。


 アメリカ人の旦那や彼氏がクリスマスにフライドチキン食うなんて正気か! あんなもん本来なら犬も食わない……などと笑ってました、などとSNSで無邪気な投稿する日本人女性も居る。かなりの確率で旦那や彼氏が差別主義者の可能性あり、といったところ。


 さて今年の幸田家だが鶏の素揚げ、ピザ、シュトーレン、フレンチフライ、チーズパンナコッタ風を用意する事となった。


 若鶏を内蔵抜いた丸のままブライン液(砂糖、塩、水)に漬け込み揚げる。2度揚げがポイントだ。2度目の時、軽く水を手で切り、一気に高温で仕上げ、パリパリにする。塩山椒のみというストイックなスタイルだ。


 フライドポテトは秋に収穫したじゃが芋を寒いところで熟成させ糖度が増したものである。軽く茹でて、水分を切ったあと、これも2度揚げ。塩とブラックペッパーを軽く振り、マスタードマヨネーズやハニーバターを添えた。


 ピザはベシャメルソースにサラミ、ソーセージ、パンチェッタ、じゃが芋、オリーブ、胡瓜のピクルスなどの他、大量のチーズがのっている。


 シュートレンはドイツの菓子パンだが広之独自のものとなっている。蜂蜜、干し葡萄、ナツメ、シロップ漬けの栗、薩摩芋などが使われていた。


 皆が集まる中、料理や酒が並べられる。


「これが左衛門の言ってた衣の無い唐揚げじゃな」


 食べた後、しばし余韻浸りつつ、ワインを飲む。


「ただ揚げただけでも、これ程美味とは……」


 信孝の言葉を聞きつつ皆一斉に食べる。


「左衛門殿、衣は要らぬではないか。これ以上も以下も無く、最上の出来栄え」


「御台様、今回は塩山椒で召し上がって頂きましたが辛味噌を少し付けるとこれまた引き立ちます」


「ものには順序があるということですなぁ」


 三法師や仙丸など子供たちはピザを喜んで食べている。


 イルハたち女直の3人はなぜかフライドポテトを食べているが、カリッとホクホクでマスタードマヨネーズやハニーバターも相性抜群。止まらなくなっている。


 五徳、浅井三姉妹、福は鶏の素揚げからピザへ移行し、喜んでいた。


「この焼いたもの(ピザ)に胡瓜やオリーブの漬物が入っておろぉ。儂や竹子も気に入っておる。チーズやサラミと相性良くてな。ついつい酒が進んでしまう」


 それを聞いて広之は今秋初めて収穫したキャベツで作ったザワークラウトも献上しようと思うのであった。こうして今年のクリスマスイヴも楽しく過ぎていく。

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