第216話 夏に味わう鮎と鱧
西暦1593年7月上旬。幸田広之は相変わらず多忙であったが、家族を連れて藤井寺に来ていた。完全な行楽だ。河内方面には久しく訪れておらず、鮎でも食べに来ようと思い立ったのである。
藤井寺の由来は
戦国時代において古墳はほぼ忘れ去られた存在であった。江戸時代の後期、尊王思想家である蒲生君平(蒲生氏郷の子孫だという伝承あり)は天皇陵が不明確な事を憂いて調査。
『古事記』『日本書紀』『延喜式』などの文献に記載された記事を考証する。さらに古墳の墳形、築造方法、地元の伝承なども考慮に入れ、古墳と被葬者を結びつけた。前方後円墳と名付けたのも君平であり、比定した墳墓の多くが、現代において天皇陵として宮内省の管理下に置かれている。
泉涌寺や清浄華院のように皇室と結びつきの強い寺院を見れば分かるが、古墳が廃れた最大の要因は仏教の普及であろう。古代よりの祭祀が大きく変貌した結果といえる。ちなみに織田幕府では古墳の調査・比定・保護を行っている。
さて、藤井寺の由来となった葛井寺であるが、真言宗御室派の寺院だ。聖武天皇の勅願寺で神亀2年(西暦725年)に創建され、開山は行基と伝えられている。
室町時代には興福寺の末寺として栄えたが、明応2年(西暦1493年)に起きた畠山氏の内紛で本堂と堂塔以外は焼失。さらに永正7年(西暦1510年)の地震で堂塔を失っていた。
しかし、織田幕府成立、織田家は戦乱で荒廃した領内の名刹再建を援助。こうした事業の一環で葛井寺や岸和田の久米田寺など再建・復興している。葛井寺の近くにある道明寺(桜餅で有名な)も高屋城の戦いに巻き込まれ、大半が焼失していたが、やはり再建・復興。葛井寺を中心に整備され大坂町民の遊行地となっていた。
ちなみに、この時代一帯は藤井寺だ。堀河天皇の永長元年(西暦1096年)、大和国軽里の藤井安基が葛井寺を訪れ、荒廃しているのを見て、各地より浄財を集めて再建させた。その時、安基の苗字をとって藤井寺と村名が改まったとされている。
さて、広之一行が葛井寺に到着すると、近隣の庄屋・年寄・百姓代(組頭)などの地方三役も続々と押し寄せた。以前、河内の一部を幸田孝之が領有してた事もあり、この地において幸田家の人気たるや相当なものである。
生駒山地を望み、川が流れ込み、田んぼも青々としていた。まさに万葉の時代かのような風景が広がっている。広之は地方三役などに栽培している作物の生育状況を尋ねたりしつつ、畑へ案内された。
五徳や浅井三姉妹なども手慣れたものだ。社交スキル全開で集まった子供たちにお菓子を配ったり、僧侶や村人と気さくに話して好感度を爆上げさせている。また、イルハたちも時折この辺は遠出して訪れているので、顔見知りの村人も多い。
五徳、浅井三姉妹、お菊、福(春日局)、イルハ、アブタイ、室女中など華やかな服装の女性も多数居るため、村中大変な騒ぎとなっている。その間、食材の調達や下準備が行われていた。
鱧は生きた状態で持参した他、鮎と岩魚は数日前から現地で集めらている。岩魚についてはかなり離れた場所で確保し、当日運ばれてきた。野菜などは近隣からの掘りたてを使用する。
数時間後、食事の用意が整った。特製の囲炉裏では鮎と岩魚がじっくり焼かれている。鮎は若鮎状態から成魚となったばかりで、まさに旬そのものだ。さらに、活鱧は捌かれ鱧落としで出された。
「やはり川辺で頂く鱧は格別。海で取れ、旬でないが実に不思議」
「左衛門殿、皮が芳ばしく美味ですなぁ」
「五徳殿、茹でて水に落とす鱧落としも風流。されど、皮を炙っただけの焼霜造りは水に落とさないので、脂や旨味が逃げませぬ。梅肉も良いですが、柚子と塩、あるいは山葵醤油など格別」
茶々は身に柚子を軽く絞った後、塩を付けて食べている。その後で山葵醤油に移行した。身はレアであり、ほんのり甘さも感じ、絶妙なる味わいだ。海から離れ、旬で無かろうと美味い。
鱧を食べ終わると、鮎や岩魚を食べ始める。これも、自然の中で串に刺された物を食べれば美味い。仙丸やイルハたちも美味しそうに食べていた。しばらくして、岩魚をカラカラになるまで焼き込んで岩魚の骨酒が作られている。
岩魚は程よい頃合いで、上部の3割程を切った竹の容器へ入れ、日本酒を注ぎこむ。そして蓋がのせられ容器ごと焼かれた。
「左衛門殿、あれは……」
「五徳殿、見ての通りただの骨酒でごさいます。気になさらず田楽豆腐でも召し上がられよ。さっさ、どうぞ……」
「まあ、意地の悪い。あのようなもの見せられて待ってはおられませぬ」
かなり、時間が経ち、いよいよ蓋が開けられ辺りに香りが漂う。そして、各自の容器へ注がれた。五徳や浅井三姉妹はひと口含んで思わず笑みが溢れる。
「如何でしょうかな」
「左衛門殿、いかがもタコもごさりませぬ。不味かろうはずなかりましょう。屋敷で召しても美味にせよ、川や山を眺めながらとは、これ以上ない格別さ」
五徳はそういうや、また飲み始めている。こうして自然の中で酔うのも悪くないと思う一同であった。
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