第217話 呂宋工作と明石全登

 呂宋におけるイスパニアの拠点はセブとマニラであった。フィリピン総督府が置かれているセブと貿易都市であるマニラ。西暦1594年に予定している呂宋攻略戦では両方制圧する予定だ。


 既に測量も終えており、イスパニアの戦力も把握している。織田幕府はセブ対策としてミンダナオ島のマギンダナオ国と交流を重ねていた。マギンダナオ国は呂宋南部に位置するムスリム国家であり、シャリーフ・ムハンマド・カブンスワンというマラッカ王国から来たアラブ系の人物が建てた国だ。


 建国されてから、まだ80年も経ってない新興国である。日本はマラッカ王国から発展したジョホール王国と親密な関係であり、マギンダナオ国との外交に活かされた。


 ジョホール王国はポルトガルからマラッカを奪われた経緯があり、同じ君主を戴くイスパニアも当然の事ながら敵対視している。日本がポルトガルやイスパニア征伐する事を願っており、協力的であった。


 マギンダナオ国からはミンダナオ島で奴隷狩りを行うスールー王国(ボルネオ島からスールー諸島にかけて領有している)に対する苦情が寄せられていた。幕府としてはセブを攻略した後にスールー王国は滅亡させる予定である。


 スールー王国はイスパニアと敵対しているため、現段階において弱体化させたり消滅させるのは得策でない。呂宋からイスパニアを追い落とす大義名分は宗教弾圧と原住民弾圧、さらに西暦1543年、ベルナルド・デ・ラ・トーレによって主張された小笠原群島の領有宣言を日本領土への侵略と看做す他、サラゴサ条約など片っ端から並べる。


 フイリピン総督府へ最低限の言い訳が出来るようにジョホール王国とマギンダナオ王国に同盟を結ばせた。出入りする船もジョホール国が幕府御用船をチャーターしたという体裁をとっている。


 マギンダナオ王国内では明国人、シャム人、琉球人などが造船に携わっており、ガレー船、火船、揚陸用の船など量産中だ。セブ島への侵入経路も呂宋人漁師に偽装したジョホール人が何度も確認済みである。


 セブ島近辺での潜入工作を行っているのは明石機関であった。大日本帝国時代の明石機関とは全く関係ない。幕府特務機関の呂宋部門である。宇喜多家の家臣であった明石行雄嫡男の全登が率いている。


 備前国保木城主だった明石行雄は羽柴家や毛利家が織田家と対峙した時、宇喜多家内において反対派の筆頭格であり、身の危険を感じて逃亡。騒動が収まった後、黒田孝高の仲介により、全登が織田家の直臣となった。


 全登は幕府が内密に組織した特務機関創設へ携わり、呂宋担当者となったのだ。明石機関の者は日に焼け見た目も日本人には見えない。数年前からセブ島南部に住み、現地の言葉もある程度話せた。


 普段は漁師として暮らしジョホール人などを手引している。セブ島近辺の島、岩礁、潮の流れなどほぼ把握し、島民への浸透も順調であった。フィリピン総督府のあるセブ島中心部近辺にも現地人協力者を確保しており、時期が近づけばアジトへ大砲や銃を運び込む。


 そんな明石機関の暮らし振りを見てみよう。


「お頭、今日も大漁じゃ。ブドゥボロン(鯖みたいな魚)

やタマロン(鯵みたいな魚)もたんまりある」


「それでは早速夕食の支度へとりかかるとしよう」


 呂宋原住民の妻たち(全登たちの現地妻)が魚を捌いたりキャッサバ芋を調理し始める。タマロンは唐揚げ、ブドゥボロンは塩焼きにするようだ。一夜干しにされ烏賊も焼かれる。キャッサバは焼いたり、茹でてから潰して餅のようにしている。


 オクラ、ズッキーニ、茄子、空豆なども焼かれている。これらは日本から持ち込まれた種で栽培したものだ。他に、じゃが芋、薩摩芋、とうもろこし、トマト、玉葱、西瓜などの種も持ち込んでいる。1時間ほど経過し、全登たちの前にはバナナの葉が敷かれた。


 その上に、キャッサバの餅、焼いたキャッサバ、魚の唐揚げと塩焼き、烏賊の一夜干し、焼いた野菜などが並べられる。さらに、椰子の実へ蒸留した椰子の焼酎も注がれた。ココナッツミルクも入っており、南国感強めだ。


 バンコクの小西行長と違い全登たちは、もう何年も米、醤油、味噌などとは無縁である。もはや呂宋の部族に成りきっていた。孵化寸前の鶏卵さえ普通に食べれる


「住めば都とはよく言ったものじゃ」


「お頭、この椰子酒も飲み慣れると実に美味いですな」


「魚も香草と南方の柚子を混ぜたタレに付けて食べると美味い。これが、どういうわけか椰子酒に滅法相性が良くて困るのお」


 こうして、沈む夕日を見ながら全登は満足気に椰子酒を飲むのであった。

 

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