第104話 春日局と幸田家

 幸田広之は家族が一気に増え喜びつつも気苦労は絶えない。待望の次男仙千代と福(春日局)。さらに日本へ残るイルハは16歳であり、46歳になったばかりの広之からすれば娘のようなもの。


 いずれにしろ賑やかになるのはいい。広之には現代において娘が1人居る。もう会うことは無いかも知れないにせよ、2人の弟見たら驚くだろうな、と思う広之であった。


 それはともかく春日局=福は見てて面白い。史実における狂ったような権勢が嘘のようだ。性格をひと言で表すなら大人しい。いや、大人しいというか暗い。現代でいえば文学少女のイメージそのままだ。言葉少ないが、一応幸田家での生活は謳歌している様子。だが態度には出さなかった。


 幸田家に貯蔵された書籍の中には活版印刷された物も多い。いわゆる平安文学の他、和名類聚抄、日本国現報善悪霊異記(日本霊異記)、陸奥話記、太平記、吾妻鏡、信長公記、三国志演義(嘉靖本。明国商人を通じ輸入したものを幸田家で翻訳刊行したもの)、水滸伝(三国志演義と同じく、輸入版を翻訳刊行)などを福は自室に運んで1日中読み耽っている。


 子供が読むような書籍と思えない。流石は明智家の家老にして美濃の名門斎藤家の一族である斎藤利三の娘。その上、公卿の三条西公国(史実ではすでに亡くなっている)に教育されているだけのことはある。


 まさに魔改造そのもの。公国が養女(未遂に終わった)にした上、三法師の正室を狙おうとしたのも頷けるくらいの教養を備えているといえよう。


 福が書籍を品定めしている時の眼光はかなり鋭い。広之も子供の頃より読書家なだけに似ている、と直感した。しかし、それ以上の既視感がある。


 何かと、考えた時、あれだと思った。コミケで薄い本ことボーイズラブ系をゴルゴ並みのクールな目で買い漁る腐女……。趣味と傾向は異なれど、ある種の狂気を感じる。


 まあ、無理もないだろ。数えで4歳の時、父が謀反人となり、自身も落ち延びている。稲葉家でも肩身は狭かったかも知れない。


 稲葉良通は柴田勝家との戦いで福を三条西家へ逃したけど、そのまま引き戻すでもなく厄介払いしたようにも思える。現代でいえば首相暗殺のテロリストグループ副リーダーが斎藤利三として、その娘なら正気を保つのも厳しいはず。


 読書で現実を紛らわすのも納得出来る。五徳と浅井三姉妹は政治家としての素養あるが、福には向いてないのかも知れない。本来、ただの乳母で終わるはずが別れた旦那を大名に押し上げ、息子と義理の孫は老中。この他にも縁故採用みたいなのだらけ。


 大奥にしても家光の子種を残すためにしては大袈裟すぎる。以後、莫大な銭を大奥維持に費やし徳川将軍家は財政が圧迫。優秀なんだろうけど、地滑り的に権力を手に入れた者として、有り勝ちな怖さを危惧する。茶々も現代における評価は厳しい。


 しかし枯れても織田信長の姪であり、江北の雄浅井長政の娘だ。ましてや天下人豊臣秀吉の子を産んでいる。春日局=福とは比べものにならない。


 その上、改変された歴史では織田信孝の養子となっている。さらに羽前一国の大名伊達政宗の正室(田村家から嫁いだ本来の正室は正式な婚姻しなかった事にされてしまった。なのて茶々は継室ではない)だ。


 現在の茶々を見ていると多少権力を握っても闇堕ちするようには思えない。しかし、福は遠ざけたほうがいいだろ。本来の性質を壊さず、好きなだけ書籍漁りさせ、束縛しないに限る。浅井三姉妹はどちらかといえば空気の読める陽キャだ。


 現代における自分の元嫁は完全な陰キャで相当苦労した。その挙げ句が、クソみたいなチャラ男の教師(※第90話に不倫相手の詳細が語られています)に洗脳され家庭崩壊。


 陰キャの扱いは慣れているという自身の驕りが今となっては忌々しい。暴走した陰キャの怖さを知っているだけに自身も少し暴走気味となる広之であった。


 五徳、初、江、末たちは広之から福は出来る限り自由にさせて欲しい、と言われ了承。単純に公卿の家から来たので気を使っているのだと思ったのである。


 また広之は五徳に対するケアも忘れなかった。何しろ自身の父を殺害した明智家家老の娘が養女とはいえ親となるのだ。現代ならおよそあり得ない。

 

 平静を装ってるが心中穏やかならざるところだろう。広之は普段五徳と込み入った話はしないが、いつになく真剣な会話をした。


 一方、広之に陰キャ扱いされ警戒対応されているとは夢にも思ってない福……。初が勧める焙じ茶ラテ、抹茶わらび餅と練餡を挟んだどら焼きに舌鼓を打ちながら読書に耽るのであった。


 今日、読むのは古今和歌集と古事記の間に挟んで持ってきた源氏物語である。禁断の書を読める歓びに少し興奮気味。


 広之が見切った通り、まさに薄いボーイズラブ本に群がる文学少女崩れの陰キャ腐女そのものであった……。

 


 

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