第272話 織田一族多過ぎ問題

「のぉ、左衛門よ。織田家の一族についてじゃが、どう見る」


「上様(織田信孝)、唐突な問いでございますな。如何されましたか」


「あまりに多いであろう。しかも、多くの者が信や長を付けておる」


「確かに……。今、多くの武将が織田家を憚り信や長を控えておりますな。そんな触れは出しておりませぬが。兎も角、織田家だけにしても、このまま増えたら、付けるいみなが減り、変わった漢字にしなければなりますまい」


 今では下の名などというが、この時代では基本的に名を呼ばない。三郎といったあざな(仮名や役職名)、あるいは敬称(殿など)で呼ぶのが普通だ。諱は忌み名であり、本来は死後に贈られる称号である。


 さらに付け加えると源や平が氏で織田などは名字だ。平氏は平家ともいうが、伊勢平氏だったりする。平家は平氏族の頂点であり、清盛一門を指す。清盛の家は伊勢平氏だ(正盛流※六波羅流ともいう)。清盛の父が武家平氏で初めて昇殿を許された。


 また、平氏もひとつではない。伊勢平氏は桓武平氏の系統だか、他に仁明平氏、文徳平氏、光孝平氏があった。桓武平氏にしても、伊勢平氏以外で、高棟流など沢山あるから分かり難い。伊勢平氏にせよ、平家以外も存在した。


 これら武家平氏とは別に、公家平氏も存在する。公家平氏は堂上の資格を有していた。つまり、昇殿を許される家柄で、公卿にもなれる。


 豊臣秀吉の場合だと豊臣は氏であって苗字は羽柴のままだ。羽柴から豊臣に改姓したわけではない。一般的には木下藤吉郎、羽柴秀吉、平秀吉、藤原秀吉、豊臣秀吉という順で語られる。


 平、藤原、豊臣は氏なので、何れも苗字は羽柴だ。ただ、豊臣以降の秀吉を羽柴様などという武士は居ない。関白殿下などというだろうから、豊臣や羽柴の何れにしろ、あまり関係ないといえる。


 家を指して豊臣家という事も先ず無いだろう。豊臣家ではなく、正確には豊臣氏なのだから。確実に言えるのは、水戸黄門でお馴染みの水戸光圀を例に出せば、家臣が光圀などという事はあり得ない。


 代官や大名が御老公や水戸様というのは、そんなところであろうか。ちなみに諱だが、性質上不明な武将も多い。


「そなたの居た世では苗字と諱だけじゃな」


「然様でございます。苗字で多いのが鈴木、佐藤、田中、伊藤、高橋、吉田、井上、加藤、清水、木村、渡辺。諱は大雅、優斗、裕翔、陽翔、歩夢、悠真、蓮。これは、その時勢で変わりますゆえ、それがしの広之は古いですな。生まれた当時は新しい諱でしたが……」


 幸田広之は紙に書いて説明した。


「50余年程であろうが。それしきで諱の付け方が大きく変わるものなのか」


「変わりまする。拙者の代は、拓也、和也、大輔、秀行、亮。父の代だと、康男、和夫、正男、光男、正博、洋、裕一、健一。拙者の生まれた40年程前まで大きないくさをしておりましが、その頃ならば、勝、勝利、勇、勲、進、博、正、清、武、茂……」


「変わっておるの。大きな戦をしていた世は字ひとつが多い。それも戦勝祈願みたいな諱ばかりじゃ。信を使った諱で何か作れぬか」


「それは、難しいですな……。信斗、信翔、信哉、信陽、信浩、信武、信直、信徹、信聖、信昭あたりは如何でしょうか」


「信浩、信直、信昭は使える。しかし、他の諱は時勢と離れておるな」


「礼を損じますか、あえて諱を呼ばせて頂きます。先の上様の御兄弟だと、信包様、信照様、長益様。同じく先の上様御兄弟の嫡男ならば、勝良様と吉丸様(信之=三法師の異母弟で庶子)。信長の父と同じだが別人)、信好様、織田信貞様(存在しない説もある) 。他にも御本所様の御嫡男……」


「この者達の子孫が信や長を使うのじゃ。先が思いやられるの。然らば、イスパニアの国王はフェリペ2世であったな」


「然様でございます。欧州の王侯貴族は2世や3世など居りますが、今はほぼ廃れました。その代わり、町人でもドリー・ファンクJr、ザック・セイバーJr、デイビーボーイ・スミスJr、ドクトル・ワグナーJr、ジャニーズJrなど居りますぞ」 


「ジュニアは欧州の言葉であるな。如何なる意じゃ」


「ジャニーズJrならばジャニーの倅(誤訳)といった意でございます」


「それが使えれば困らず済むのにのぉ。織田信孝2世や織田信孝Jr……。ジュニアの場合、父が生きていたらどうなる」


「ドリー・ファンクJrが出てくれば、父はシニアでございます。ドリー・ファンク・シニア……」


「ドリー殿の父という意か」


「シニアは年長者の意でございます。勝三郎殿(池田恒興)は名古屋(尾張を知行した恒興は居城を清洲から那古野へ移転。改めて名古屋とした)の御老公などと慕われておりますが、似たような意でございましょう」


「然様か。そなたも五徳にいわれ無理やり子を作っておるのぉ。此度は於初じゃが、次は於江かも知れぬぞ。五徳は於茶々にせがまれ浅井家再興のため、浅井の血が入った子を欲しておる。於初が男児を産めば良いはずじゃ」


「流石に上様の養女、それも姉妹を側室とはいささか……」


「そういうでない。儂なぞ少なくとも15人は男の子を産めといわれておる。男と女で半々ならば30人じゃ」


「今、外に領地が増えておりますから、40人は必要かも知れませぬぞ」


「死んでしまうわ。子に付ける諱も無くなる。諱と仮名も覚えきれぬ」


 などと、揉める信孝と広之であった。



  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る