第137話 ウラ国王マンタイ

 北河城を出発したウラ国王マンタイ一行の帰路は楽なものでなかった。合戦にて壊走した自軍兵士はウラ国へ逃走しつつ、各地で略奪を行っており、軍事衝突が発生していたからだ。


 こうなると、いくら国王であろうが統制するのは難しい。兵糧は陸路と船で運んでいたが、船は真っ先に逃亡。陸路の方も逃げる兵士たちが略奪している。


 女直や蒙古は統制のとれた小規模集団の集積であり戦争においては、機動力と並ぶ強みだった。しかし、今回の大敗はそれが仇となっている。


 軍役における末端集団はそれぞれ個別で離散してしまった。それでも生き残った武将が各地で兵をまとめあげたものの兵糧や矢も十分にない。


 生き残るため、いくつかの集団毎に小さな城を襲って略奪へ走り、そしてウラ国を目指す他なかった。しかし野人女直のフルハ部は弱小なれど、南部の方ではそれなりの勢力が存在している。


 これまでウラ国から受けてきた仕打ちもあいまって、各地の有力首長が立ち上がり、迎撃していた。


 マンタイは合流する事も叶わず、ひたすら日本の船で松花江を南下。現在の哈爾浜を目指している。


「陛下、馬市の話はいかがいたしますか」


「その前に叔父上がな……」


「ヒンニヤ(興尼牙)様が今回の事で不満を持つ者を煽るかも知れませぬな」


「ハダは問題なかろう。我らも後押ししたメンゲブルが王になったばかりじゃ。イェヘにも頭が上がらず滅多な事はすまい。そもそも内紛が収まったばかりで、余裕などないはず。もっとも懸念すべきはスワンのソルゴ (索爾果)が建州(満州国)へ逃げており、ヌルハチやホイファの加勢を受け、攻めよせる事じゃ」


「ヒンニヤ様を抑え込みつつ、イェへやハダへ頭を下げる他ありませぬな」


「そうする他あるまい。帰国後、馬を蒙古などから出来る限り買い集め丹羽殿のところへ持って行く。今後、フルン四部の中で我らだけが日本との馬市を独り占め出来れば……」


「しかし驚きましたな。貢勅も要らず無制限とは……」


「ヌルハチの権勢も遼東の李成梁あってこそ。その李成梁は今年になって罷免されたと聞く。李成梁がヌルハチへ大量に出していた勅書を巡りイェヘやハダは黙って見てるはずもない。そのうち大きな戦いになるのは必至。揉めている間、我らは日本との馬市で力をつける。今後、各部はフルハからの皮は流れてこぬし、明から買ったものを売る事もままならない」


「日本はどう出てくるのでしょうな」


「帰る前、丹羽殿から聞いた話では大河(黒龍江)の外れに万を超える兵が居るそうじゃ。来年には3万以上来るという」


「3万も……。それらが松花江を南下となれば尋常ではございませぬな」

 

「松花江沿いの城は日本の船が沢山来ただけで戦わず服属するであろうな。そして次の手じゃ。来年援軍が到着すればウェジかワルカへ押し寄せホイファや建州に近づくやも知れぬ」


「そこまで来ると明も黙っておらぬはず」


「日本の狙いはそこであろう。日本より明の都は遠い。そこで明より女直を離反させ都を脅かす。いずれにせよ女直にとっては好機と見た」


「日本は明と戦争するつもりなのでしょうか」


「そうかも知れぬな。日本は明の南方に近いらしい。北方から牽制し、南方を攻めてもおかしくはあるまい」


「北河城主の三男は昨年日本へ行き、今年帰って来たそうじゃ。娘も一緒に行き日本で高官の子同然の待遇らしく、まだ暮らしているらしい。予もナムダリ (納穆達里。次男)とアブタイ(阿布泰。長女)を日本へ送ろうかと思う。帰ったら、ある分の馬と一緒に送らせる手配を整えろ」


「陛下、陸路はしばらく厄介ですが、丹羽殿に道中難なきようフルハの各主長へ触れを出して頂かなくては……」


「そうじゃな。しかし、ナムダリとアブダイだけ早く送りたい。この船にしばらく待ってもらうとするか」


「陛下、私めはこれまで倭寇や倭人は南方の野蛮な海賊と聞いておりましたが、全く違いましたな」


「違うどころの話ではなかろう。兵たちの亡き骸は全て埋めた上、僧侶が懇ろに弔い、抵抗せず投降したものは危害を加えられず、武具を取り上げ、そのまま解き放っておる。兵も皆礼儀正しい。少なくとも同胞より信ずるに値しよう」


 しばらくすると食事が運ばれてきた。米、味噌汁、身欠き鰊の甘露煮、割干し大根漬けなどが並ぶ。


「しかし、この米の美味さときたら……。明が我らに売っている米と大違いじゃ」


「女直に売る米は安物なのでしょうな」


「この醤油や味噌も実に上等じゃ。この魚も砂糖を使っておるな」


 食事が終ると、日本酒、焼酎、梅酒が並び、肴として鮭とばや干しスルメなどが出される。


「これらの酒も実に美味い」


「全くでございますな。陛下、馬市では茶がもっとも欲するとこなれど、酒も少しばかり必要……」


「無論じゃ」


 こうしてマンタイたちは複雑な気分で松花江を南下するのであった。






  

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