第136話 幕府軍対ウラ国

 北河城には昨年、羽柴秀吉たちが来たとき、家臣数人程を置いて帰った。


 さらに角倉了以が沿海州から帰る前、もう一度船を寄越している。大量の物資を運び入れ、さらに測量隊含め10人以上が先の数人と残留。すでに女直の言葉をそれなりに話せていた。


 片桐直盛(且元)は約半月程前に起きたウラ国(烏拉)使者との一件を聞き、万一攻め寄せて来た時の事を想定。


 ウラ国の者がいつも来る時の経路を確認しつつ、下準備に入る。北河城の前面は黒龍江であり、後面は山林が広がっていた。小さな城ではあるが攻めるのは容易くない。


 黒龍江からは幕府の艦隊を殲滅しない限り、攻めようがなく、大軍の布陣出来る場所は限られている。


 ホジェンなどを雇い入れ、城へ至る場所に障子堀を張り巡らしつつ、戦場となりえる一帯へ砦、馬防柵、掘などを構えるべく普請を行なう。


 北河城主は直盛たちの普請を見て、戦いに長けた者たちだと直感した。そして自身も近隣の城へ、調略の手を加速させている。


 すでに多くの城主が訪れ、直盛へ挨拶をしては大量の品物を貰っていた。さらに馬の買い付けも順調に進んでいる。

  

 測量はハバロフスクでも行われており、いつ長秀たちが到着してもいい状態だ。


 そして和暦でいえば夏真っ盛りとなった頃、幕府の大艦隊が北河城の眼前に姿を見せた。およそ40隻を超える大型船の到来は周辺の女直やホジェンたちを驚愕させた事は言うまでもない。逃げ出す者さえ居た。


 数日後、近隣の城主たちは服属を申し出てきたが、ウラ国へしばらく反旗は翻えさず、これまで通りの接し方で対応するよう通達。


 長秀たち到着から約1週間後、服属を申し出ている城からウラ国の兵およそ5千騎ほど接近との知らせが届いた。


 一方、ウラ国王マンタイは先行した船からの報告を受け衝撃を受けていた。何十もの巨大な船が北河城付近に停泊しているという。しかし、今さら戦わず引き返す事は出来ない。


 北河城のそばまで来ると柵や櫓など多数並び旗が風揺られている。兵の数はおよそ3千あまり。しかも騎兵は見当たらない。


 歩兵に柵を破壊させれば騎兵の餌食となろう。マンタイは合戦を決意した。倭寇は海で強くても陸なら弱いはずだ。戦いに勝てば、船と商品全て手に入ると思えば笑みがこぼれる。


「五郎左殿、逃げずに戦うようですな」


「筑前よ、前にも似たような事あったのぉ」


「武田相手に長篠で……」


「あれより、もっと酷い目に遭いそうじゃな」


 周囲は凍りつく。他人事みたいに言ってるが殲滅させる気なのは間違いない。鉄砲を持った兵はおよそ2千。鉄砲を5人1組にして柵前へ4百 丁並べ、次々に撃ち込む。


 双方、早朝から睨み合いする中、マンタイの号令一下ウラ軍騎馬隊が凄まじい勢いで突進してくる。


 弓の有効射程範囲へ達する前に幕府軍の射撃が始まった。繰り返し、射撃が行われるなか、なおも騎兵は突撃を敢行。


 歩兵も柵へ取り付こうと必死だったが、みるみる数を減らしていく。およそ30分後にマンタイは戦場を離脱し、ウラ軍は総崩れとなって壊走。


 山間に潜んでいた徳川隊と真田隊の斥候はマンタイの姿を戦いの最中目を凝らし、捉えていた。一目散に逃げるマンタイをおよそ2百の騎馬(北河城が買い集めた馬)で追撃し、捕縛。


 逃げ遅れた一般兵士には降伏を勧告し、受け入れた者は武装解除の上、解き放った。戦場後では黒鍬衆が死体から衣服や甲冑、そして弓や馬の鞍、無事な馬など回収。


 さらにはホジェンなども動員して兵士全員で鉄砲弾を拾い集める。その間、討ち取られた首を実検した。遺体は窪地に並べ土を掛け、従軍僧が霊を弔う。


 そして夜になり北河城始まって以来の大宴会となった。国王を奪い返しに夜襲して来ないとも限らないので酒は1人2合と達しが出ている。


 捕虜となったマンタイと上級家臣たちは縄を解かれ、川のほとりに連れて行かれた。処刑されると怯えていたが、幕府軍の風呂があり、困惑しつつ汗を流す。


 そのまま長秀の陣屋に案内され、まず収容した遺体の数と仏僧が弔った事を告げられる。さらにウラ軍の戦いぶりは勇敢であり、亡くなった兵士含め、敬意をもって遇すると言われ驚く他なかった。


 危害を加えるつもりは無いので帰国までの間、王として待遇する旨、伝えられ流石に疑問がよぎる。 


※以下、通訳を介しての会話

「そなたたちの好意にはウラ国の王として礼を申す。しかし攻めてきた敗軍の将へ何を求めるのじゃ。ウラ国を寄越せとでも言うのか」


「ご懸念はもっとも。それでは率直に申す。我らは元々ウラ国を攻めるつもりはなく、北河城を守るため戦ったまで。今後もし、また攻めてくるのであれば、そのたび退けるのみ。ただ我らと誼を通じたいというのであれば歓迎いたす」


「半数も兵を死なせたとあっては、このような遠い地まで攻め寄せる事など出来まい」


「満州国のヌルハチがホイファ (輝発)と結んで攻め寄せたり、ハダがかつてのよう関係を求めてくる事はありえるかな……」


「何と……。そのような事まで知っておるのか。こちらはそなたたちが海の彼方にある日本という国の者だとしか知らぬ。これでは戦う前から勝ち目などあろうはずもない。知っておるなら正直に申す。ホイファ・ナラ氏は勝手に名乗ってるだけで我らと同じナラ氏の血は流れてない。元々は野人女直のイクデリ氏だと聞いておる。ホイファは満州国と接していることもあり、旗色は不鮮明じゃ。いつ、寝返ってもおかしくない。ハダも我らの事はあまり良くは思っておらぬが、イェヘの睨みが効いてる間は何もして来ぬはず」


「蒙古のハルハ部が攻めてくる可能性は」


「……わからぬ」


「馬市で十分な利益は出ているのかな」


「もうよい。予も愚かではないぞ。そなたたちが明の代わりに馬市をしたいと申すのだな」


「そう考えてもらって結構じゃ」


「今後、野人女直経由で皮は入ってこまい。そうなれば我らで取る僅かな皮と馬しか無い。それ以外何もないぞ」


「鉄、鉛、石炭、粘土、木など何でも売れるであろう。ウラ国で取らぬなら我らが取って銭を払ってもよい。無論、馬と皮は全て買う」


「そちらは何を持っておる……」


「金、銀、銅、永楽銭、米、蕎麦、麦、豆、塩、茶、油、酒、紙、生糸、絹、磁器、干し魚など何でもあるぞ」


「つまり明に劣らないと……。馬市の貢勅は要らぬのだな」


「ウラ国に売る物がある限り必要はない。これから北河城の北方に城を作る。そこまで持ってくるだけでよい」


「予が国へ戻り、まだ座る椅子があるのなら考えよう」


 こうして丹羽長秀とマンタイの会談は終わった。数日後、マンタイは途中まで船で送られ長秀の家臣たちを引き連れウラ国を目指したのである。




 

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