第135話 海西女直


 烏拉国(ウラ ・グルン)のウラ城において国王マンタイ (満泰)は図面(地図)を鋭い視線で見つめていた。


 海西女直には大小様々な勢力が存在しており、フルン四部(扈倫=フルン・グルン)といわれる4ヶ国はとりわけ大国だ。


ハダ国 (哈達)現遼寧省鉄嶺市開原市

イェヘ 国(葉赫)現吉林省四平市梨樹県東南部

ホイファ国 (輝発)現吉林省通化市輝南県

ウラ国 (烏拉)現吉林省吉林市龍潭区


 ハダ、イェへ、ハイファの3国はヌルハチが支配する満洲国(建州)と近く、ウラ国はもっとも遠方に位置する。


 フルン四部において、ウラ国はイルゲンギョロ氏(伊爾根覚羅)が支配する北河城へ近い位置だ(それでも距離的には遠い)。


 そもそも最盛期には野人女直の圏内へ進出していた。ハンカ湖や北河城のあたりまで勢力を広げていたのだ。


 ウラ国王家ウラナラ氏(烏拉那拉)の出自は女直の名門ナラ氏(那拉)。その正統にて、フルン・グルンを支配すべき家柄である。


 しかし、ハダ国王ワン(萬)がフルンの盟主的存在となり、1582年(ユリウス暦)に死去すると、イェヘ国王ナリムブルが取って代わった。


 ウラ国はハダ国の支配下に甘んじるほど没落していたが、ワンの死去後、マンタイは攻勢へ転じる。


 スワン (蘇完。現吉林市長春市双陽区)やシベ (錫伯。 もともと現内モンゴル自治区北部フルンボイル市ハイラルあたりが本拠だがウラの服属させたシベは吉林省内だと思われる)を次々に攻め滅ぼし、イェヘと分領した。


 イェヘのナリムブルはワン亡き後、フルンの盟主的存在であり、背後には明や蒙古も控えているため、ウラ国王マンタイはその権勢を利用しつつ、ハダ国の支配から脱する事が出来た。


 スワン部主親子は満州国(建州)へ逃げており、それ以来ウラ国やイェヘ国との軋轢が強まっている。


 満州国王ヌルハチの一族は元々後世ニングタ(寧古塔。黒竜江省牡丹江市寧安市)といわれる土地に住んでいた。


 しかし嘉靖年間(明朝第12代皇帝世宗の時代。ユリウス暦1522年 ~1566年)に南下した。元は野人女直や海西女直の勢力圏であり、部族間の対立から故地を脱する他なかったのだろう。


 マンタイは近年戦乱続きで財政の悪化から、野人女直への圧力を強めていた。遼東から遠く離れており、フルン四部他国や満州国のように明との馬市(国営の大規模なものと民間などによる小規模なものがあった)で恩恵へ預かるのが難しい。


 そうなると、野人女直のフルハ部から出来る限り安価に皮を集める他なく、逆らう者は討伐していた。弱小勢力しか居らず土地は寒く痩せている。


 フルハ部以外のウェジ部やワルカ部も小規模豪族しか居らず団結することは難しい。図面を見つめるマンタイの目線が松花江から黒龍江の方へ流れる。


 昨年から急激に皮の数が減っている。それどころか、本来北の辺境から流れてくるはずの無いものが増えていた。


 明とは違う茶(明のは固めて煉瓦上にした団茶)、砂糖、煎海鼠、干し鮑、干し貝柱、見たこともない魚の干した物、薬、そして永楽通宝まであるのだから、おかしい。


 一体、大河の果てで何が起きているというのだ。


「陛下、いまフルハへ巡察に向かってた者が戻りました。如何いたしましょうか」


「今すぐ通せ」


 しばらくすると若い男が部屋に入るや平伏した。


「楽にいたせ。何かわかったか」


「はっ、申し上げます。北河城は昨年来、ホジェンなどが持ち込む皮を一手に買い付けてるようでして、探りを入れました」


「北河城……。確かウェジ部のイルゲンギョロ氏族の治める取るに足らない小城であったな」 


「然様。北河城の北方にはホジェンやエヴェンキしか居らぬ辺鄙な土地。それが大きな船が来て北河城のイルゲンギョロ氏と貿易をしているようでして……」


「明の船か、それとも朝鮮とでも……」


「それが見たこともない者たちで変わった辮髪。明国人に似てはいるが異なる服装だとの話で……」


「明や朝鮮の者が辮髪などせぬ。もしや元(北元)が中原を治めている頃、各地へ兵を出したと聞く。その子孫ではないのか」


「検討もつかぬ話なので北河城を訪ねて(片桐直盛が訪れる前の話)城主に質しましたるところ、日本という国から船が来てるとの事でございました」


「何……日本であるとな。聞いたことはある。たびたび船にて明や朝鮮を襲う蛮族であろう。しかし遥か南の島に依るはずだが……。確か倭人とか呼ばれているはず」


「そのへんの些細は存じませぬ。何しろ北河城主もこれまでが嘘のように強気でして……。皮を差し出す事を拒否いたしました」


「これまでの恩を忘れおって」


「はぁ、かなり強くたしなめたのですが、変わった辮髪の者たちが沢山居りまして見たこともない刀や鳥銃を手に……」


「何、それが日本から来た蛮族か、何故先に言わぬ。して、その者たちと戦ったのか」


「申し訳ございませぬ。それが、かなり腕のたつ武芸者と見ました。並の者たちには思えず、こちらの手勢が少ない事もあり鉾は交えておりません」


「すでに服属しているのか」


「そこまではわかりかねますが、降っている可能性は大いにありえる、と……」


「北河城や蛮族如きが……」


 マンタイは重臣を集めると、北河城討伐に向かうと告げた。およそ2週間後、各地から兵が集められおよそ5千騎でマンタイ自ら北へ向け、城を後にしたのである。


 

 







  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る