第209話 信孝、現代の日本酒に驚愕
目覚めた幸田広之はじゃが芋を隠し、城へ持って行く荷物は葛籠に入れた。そして、何食わぬ顔で登城した後、限られた者しか入れない部屋に籠もり、織田信孝たちを呼んだ。
しばらくして、信孝の他、岡本良勝と蜂屋頼隆も揃う。大量の荷物を見て、またか……という顔だ。なかでも一升瓶が異様に見える。既に盃や茶飲みカップも並び、火鉢で湯が湧いていた。
「もしや、またも元の世へ行ったようじゃな」
「はっ、3日程行って参りました。土産も沢山ございます」
そういうと、広之はスティックコーヒーをカップへ入れた。おもむろに湯を注ぐ。たちまち、独特の香りがあたりに漂う。それらを各自の前へ置き、シュークリーム、もっちりクリームどら焼き、あん&マーガリンのコッペパン、ホイップ入り生メロンパン、エッグタルト、バウムクーヘンなどを差し出す。
「それがしの暮らしてた世では朝や申の刻茶に食す物でございます」
「これは、話に聞く珈琲であるな……。薬の如く苦い。されど茶とは異なる。なかなかのものだ。儂は嫌いでない」
岡本良勝や蜂屋頼隆も何とか飲んでいる。そして、信孝は迷いつつシュークリームを選んだが袋の開け方が分からない。直ぐ様、広之が手本を見せる。他の2人も透明な袋が不思議らしい。頼隆が広之へ尋ねた。
「何故、この紙は透き通っておられる。誠に妙じゃ」
「それは油ですな。菜種油ではなく越後で湧く臭い油を使っております」
「油とは驚きじゃな」
「竹の皮や笹の葉もございますが、滅多に使いませぬ」
「左衛門よ、そなたもこれに似た物を作るが、この美味さときたら格別じゃな。同じ物は作れぬのじゃな……」
「黄色い物(カスタード)は作れますが、香りが難しいですな。白い方(ホイップ)は固くする事が出来ませぬ」
「左衛門殿、このパンは実に柔らかい。餡も良いですな」
「平吉郎殿(岡本良勝)、それは尾張や美濃で好まれております」
「左衛門、珈琲が足りぬ。このホイップ入り生メロンパンとやら、この世の物とは思えぬ味じゃな」
確かに数百年後の食べ物であり、この世の物とはいえない。
「左衛門殿、すまぬが儂にも珈琲を……」
良勝はもっちりどら焼きを食べている途中、珈琲を飲み干してしまったようで、信孝に便乗する。頼も珈琲をお替りしたいという。
「上様、本日は如何なされます」
「平吉郎よ、野暮な事を申すな。あの酒が目に入らぬか。特段、用件も無い。このまま飲むに決まっておろう」
「流石、上様。ご推察の通り、あれは酒にてございます。評判の良い酒でして米を6割以上磨いた物」
「何と、それ程磨けるのか。実に楽しみじゃな。先ずは珈琲と茶菓子を頂き、書物を読むとしよう」
3人は各々勝手に新聞、歴史雑誌、週刊誌、グルメ雑誌などを読み耽る。広之は3人から質問攻めに合う。デジタル原始人の老人にスマホの操作を教えるより面倒くさい。苺、キウイ、さくらんぼ、びわなどを振る舞うが、苺とキウイに衝撃を受けている。
そして、昼頃に丼ぶり、蓋、温泉卵、大量の熱湯を持ってこさせた。広之はおもむろにチキンラーメンを作る。頃合いを見て蓋を開けた瞬間、独特の香りが部屋中に漂う。
「左衛門よ、これは台所要らずじゃな。いつでも拉麺が食べれるとは……。それに、美味である」
良勝と頼隆も一心不乱に食べ続け完食した。そして夕方となり、いよいよ酒宴の準備を始める。鮟肝、つぶわさび、サーモンクリームチーズ、烏賊塩辛、松前漬け、ソフト烏賊、鱈珍味、チーズ鱈、揚げ銀杏、焼きエイヒレ、ミックスナッツ、柿の種、ソフト帆立、海苔天、烏賊天などが並ぶ。
「左衛門よ、これは
「焼酎のような蒸留酒はともかく醸造酒は大きな差がありますな」
良勝と頼隆も魂が抜けたような顔で飲んでいる。そして信孝は柿の種をおもむろに口へ放り込んだ。
「この柿の種は実に美味い。見事な煎餅じゃな」
「上様、このチーズ鱈も美味いですぞ」
良勝がチーズ鱈を手に持ちながら満面の笑みで声を発する。
頼隆は烏賊塩辛に驚いている。広之はそれを眺めながら、酒盗が無い事に気付き、少し残念がった。さらに、鮟肝や松前漬けも評判が良い。次々と肴に手が出ていく。しばらくすると、信孝は酒を飲みながら上海を始めとする租借地のプリントに見入る。
「如何程の大きさなのじゃ」
「はっ、上海は上野とほぼ同じでございます。他の租借地全て足すと紀伊の5倍はあるやも知れませぬ」
「それ程広いのか。儂はせいぜい大坂のようなものと思ってた」
「そこへ日本人だけではなく明国人も集め日本の3割以上の規模といたします」
「任せる。存分にするが良い。それとじゃな、また戻る時は金なんぞいくらでも持って行こうと構わぬ。獺祭を沢山買って来れぬか」
「次は獺祭の他、山崎や響というウイスキーを買って参りましょう」
「ウイスキーというのは欧州の焼酎じゃな。山崎とは日向守(明智光秀)を破った地と同じ名で縁起が良いの」
「上様が日向守との
「ほお、やはりそうであるか。山崎を幕府の御用酒にいたすがよい。織田家の家紋と儂の刀も進ぜよう」
「はっ、さぞかし喜ばれるか、と」
この日、信孝は終始上機嫌であった。
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