第336話 近衛前久と失われた高天原①

 近衛前久を始めとする勧修寺晴豊かじゅうじはるとよ(藤原北家勧修寺流支流、名家、家業は儒道。勧修寺晴子の実兄で後陽成天皇の叔父)、飛鳥井雅庸あすかいまさつね(藤原北家花山院流難波家庶流、羽林家、家業は蹴鞠)、五辻元仲いつつじもとなか(宇多源氏、半家、家業は神楽)、烏丸光宣からすまるみつのぶ(藤原北家真夏流日野氏流、名家、家業は歌道)などの公家衆たちはイスパニアの幕府領カディアスを出航し、メキシコ湾のベラクルスへ到着。その後、メキシコ各地を放浪していた。


 イスパニアのヌエバ・エスパーニャ副王領やペルー副王領は幕府軍に降伏した後、本国で結ばれた講和条約を経て幕府へ割譲されている。


 しかし、在住イスパニア人が多いのと、布教により、キリスト教を信仰する原住民も居るため、統治方式の急速な変更は行われていない。


 暫定処置として従来の副王領は温存され各勢力や地域ごとの自治を地道に推進する方向だ。幕府軍は戦後における進駐軍のような存在そのものといえよう。


 法律はイスパニア本国に準じたものであった。しかし、法務委員会が説立され、調整作業に追われている。さらに、軍事組織は解体され、武器の没収が行なわれた。また、測量による地図作成と検地も優先事項だ。

  

 日本における行政上の区分として、メキシコはアステカ州とマヤ州である。何れヌエバ・エスパーニャは解体され、両州へ吸収される方針だ。


 現在、マヤの諸部族とも接触している最中であり。調査が行われていた。その調査団へ近衛前久たち公家衆も同行し、ユカタン半島やグァテマラ辺りを訪れている。


「この地は謎に満ちておじゃりますな。段になった祭壇の如き石の山はエジプトのハラム(アラビア語におけるピラミッド)を思いだします」


 前久はチチェンイッツァのククルカン神殿を前にエジプトのピラミッドがぁよぎるのであった。そして、博学な勧修寺晴豊が前久の方を見つつ語り出す。


「近衛さん、畿内においても古代の天皇や豪族の墳墓とされる大きな塚が沢山ございますなぁ。幕府では前方後円墳などと呼んでおじゃります。エジプトのハラムもあれだけの大きさは王でなければ造ることは叶いますまい。されど、それが墓であったのか、祭祀の場かは分かりませぬ。棺が出たとしても、ただの墓にしては、あまりに大きいでおじゃろう」


「あれは、ナイルが毎年必ず氾濫するため、神を鎮める、もしくは水が引いた後に民の間で争いなど起きぬよう山代わりの目印として建てたのかも知れませぬ。天文台という事もあり得る話」


「近衛さん、つまるところ、墓・目印・祭祀場・王の権威・豪族の力を削ぐための普請・新たに領土とした土地の民を疲弊させる……など、理由は幾つも考えられましょう」


「この地はエジプトから遥か離れた大海の向こうにあり、繋がりがあるようにも思えぬでおじゃる。烏丸さんはどう思いじゃな」


「我らは各地を旅してまいり、その先々で古き世における洪水の伝承がある事を知りもうした。麿が思うところ、遥か昔、天津神が各地を治めていたところ大きな災いによって、寸断されたのではないかと考えておりじゃります。各地に取り残されたのは国津神。つまり、東西のあらゆる地に取り残された国津神が滅びた国を立て直すべく、民を率いてたところ、高天原へ居る天津神は再び各地へ降り立ち、国津神から国譲りされた、と」


「流石は烏丸さんでおじゃる。そうであれば、日本書紀・神武紀に八紘為宇とあります。各地に取り残された国津神は高天原から何れ降臨するであろう天津神を待ちわびながら、この神殿やハラムを造ったのやも知れませぬぞ」


 戦前、八紘為宇から八紘一宇という言葉や概念が産み出された。八紘一宇を内閣として初めて使ったのは第一次近衛内閣である。無論、近衛文麿は近衛前久の子孫だ。

 

 五辻元仲は前久や烏丸光宣の推論に驚嘆しつつ、口を開く。


「近衛さん、それならば高天原はまだありましょうや」


「麿はあると思うでおじゃる」


「それは、何処ですかな」


「烏丸さん、月でおじゃるよ。各地を最も見渡せるのは月しかないでおじゃろう。天津神は月にある高天原より天乃羅摩船で地上へ降り立ったはず。天照大御神が天の岩戸へお隠れになっていたのは、大きな厄災を暗示しておるのかもしれぬ。この地は匂うでおじゃる。何か手がかりが……」


 こうして、前久たちはマヤ文明の謎を解き明かすべく動き始めたのである。



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