第337話 近衛前久と失われた高天原②

 チチェンイッツァのククルカン神殿は9層からなり、4面に階段がある。それぞれ91段だ。つまり、91段の4倍で364段あって、最上段の1段を足せば365段となる。


 飛鳥井雅庸がそれに気付き、舌を巻いた。西暦は1年365日(正確には365.2422日)なのは欧州各地を巡り、当然知っている。どう考えてもマヤ人たちは天文について十分な知識を有していたとしか思えない。


 欧州の暦は現在、西暦1582年よりグレゴリオ暦だが、それ以前はユリウス暦であった。これは古代ローマの政治家ユリウス・カエサル(ジュリアス・シーザー)によって紀元前46年に制定された暦だ。   


 1年を365日とし、4年に1度、閏年(閏年は366日)を設けて調節する。このユリウス暦だがエジプトで使われていた暦を元にしていた。古代エジプトで何故天文が発達したかといえばナイルの洪水を正確に知るためだ。


 洪水間近の時期、日の出前頃、東の空へシリウスという星が明るく輝いてるのに気が付いた。現代の人たちは太陽を中心に太陽系の惑星が周っていると知っている。


 夏は北極側が太陽へ傾くので、日本は位置的に暑い。逆に、冬は南極側へ太陽が傾くため寒いというのが基本的な原理である。そのため、中間に位置する赤道付近は年中暑く、北半球と南半球で夏と冬が逆転してしまう。


 逆転するとしても南半球には南極大陸を除けば、シベリアの如く広大な極寒地域は存在しない。これは陸地面積によるものだ。地球全体における陸地面積は約3割だが、その約7割は北半球である。


 結果として、南半球は海流の影響を受けた海洋性気候のため、北半球程、夏と冬の温度差は小さい。知っていれば、何でもない事だ。しかし、昔の人たちにとっては、どのような摂理か悩んで当然であろう。


 毎日、太陽が沈んでは、また昇る。最も寒くなる時期と暑くなる時期が一定の周期であろう事は気付いたはずだ。でも、必ずズレが通じる。

  

 シリウスが地平線上に沈んで見えなくなって70日程経つと、日の出直前、東の地平線上にシリウスは再び姿を現す。この時期になると、ナイルは年に1度の洪水が起き、大地は水で埋め尽くされる。


 無論、それらのサイクルを正確に割り出せれば、大変役立つ。ナイルの賜物といわれる恵みを余す所なく享受するため古代エジプトの天文や数学は大きく発達していく。


 飛鳥井雅庸は先人たちが東西の各地で、生きていくため、天文を観察し、暦を作りあげていった事へ感謝するのであった。ただ、雅庸にとっては疑問が尽きない。大河の辺で先駆的な国が生まれたのはわかる。しかし、マヤの地はそうともいえない。そのへんが大きな謎に感じたのである。


 やはり、古代において神々が高天原より治めし、八紘為宇の国を想起してしまう。そして、高天原の神々とは一体どのようなものであったか、飛鳥井雅庸や近衛前久たちは思いを張り巡らすのであった。

  

 東西の各地に似たような伝承が沢山ある。それらは、前久の仮説によれば似ていて当然だ。かつては日本人が呼ぶところの高天原によって統一されていたのだから……。

 

 それが、大きな厄災により各地は壊滅的被害を被る。各地に取り残された神々は国津神となった。旧約聖書におけるノアの方舟はアララト山へ漂着したとされており、山に逃れた事を示唆しているのかも知れない。


 さらに、海神=ワタツカミなどは何処かに逃げた後、海の向こうより各地へ渡来したのかも知れない。それらが混在したイメージこそノアの方舟や神武東征といわれる伝承のルーツである可能性もありえるだろう。


 また、前久が気になったのはマヤの各地で見かける蛇のモチーフだ。マヤの最高神ククルカンは羽のあるヘビの姿をした神である。アステカの神であるケツァルコアトルのマヤ語における呼び方だ。


 そもそも蛇神(或いは龍神)への信仰などは各地にある。素戔嗚尊が八岐の大蛇(ヤマタノオロチ)を斬り捨てた十束の剣は別名天羽々斬(アメノハバキリ)といわれており、ハバは古代において蛇を意味したようだ。


 伊勢神宮には矢乃波波木神が祀られている。日本書紀に登場する神だ。「矢」はそのままの意味で、「波波木」は木だという。波波が蛇の事ならば、蛇木となる。 


 そうとなれば、諏訪大社の御柱祭を思い起こす。素戔嗚が八岐の大蛇を斬った時、尻尾から草薙の剣が出てくる。矢と剣の違いはあるが、武器に違いない。


 また、伊勢神宮に祀られている矢乃波波木神を祀る場所は内宮の東南にあたる辰巳の方角だ。祭祀は6・9・12月の18日、巳の刻である。辰=竜ならば、矢乃波波木神は蛇に係わる神である可能性を考えてしまう。


 日本書紀に、山幸彦(ヒコホホデミ)という神が登場する。海神の娘豊玉姫と結ばれるのだが、その正体はワニであった。また、竜宮に住んでいたという。


 他にも、東国にはアラハバキという神が祀られている。日本以外でも漢民族に信仰された伏羲と女媧は人頭蛇身として描かれている他、インドのナーガ神など、枚挙にいとまがない。


 竜蛇、高天原、天津神、国津神、洪水などの厄災……。それらを解き明かす鍵が日本より遠く離れたマヤの地にあるのかも知れない。






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