第391話 幸田広之とマリアの会談

 ローマ教皇庁やイエズス会の話で昼食が中断されたマリア・デ・メディチと侍女たちはアフタヌーンティーを楽しんでいた。紅茶や抹茶ラテに飽きつつあったマリアはサロンの間で流行っているという珈琲を注文。珈琲は母国で体験済みだが、形式や味わいは別格だ。


 初めはクリームと砂糖を入れて飲んでいた。気を利かした迎賓館の女中が次々とキャラメルマキアートもどきやアイスコーヒーなど次々に運んで来るので、片っ端から飲んでいる。


「アデリーナ、これで珈琲何杯目かしら?」


「4杯目でございます」 


「フィレンツェで飲んだ時は口が粉だらけになったわね」


「粉ごと煮たたせて上澄みを飲む本格的なトルコ式でございました。あれは飲みにくくて敵いません」


「そうでしたわね。しかし、ここで飲む珈琲ときたら洗練されており、なんて素敵な事でしょう。クリームやミルク、キャラメルやシナモンを入れたらこんなに美味とは思いもよりませんでした」


 タワーのような台に置かれた皿には様々な菓子や軽食などが並んでいた。レーズンバターサンド、マカロン、サツマイモパイ、シュークリーム、メロンパン(中に珈琲クリームとバターが入っている)、フルーツ大福、サンドイッチなどだ。


「マリア様、この奇っ怪な皮の菓子は中に豆の練ったものと果実が入っております。これは何という美味しさ」


「お口を大きく開けるのは少しお下品ですが、これはまた実に美味。ただ、紅茶や抹茶オレの方が合うかしら」


 その後もメロンパンやレーズンバターサンドを味わい、珈琲が進むマリアたちであった。しかし、またもやトスカーナ大公国の高官から一報が入り、明日の午前中に将軍と面会した後、総裁と会談が行なわれる旨、伝えられたのである。こうしてマリアは、その日の晩は軽く食事を済ませ翌日に備えた。


 翌日、謁見の間で織田信孝はトスカーナ大公国一行と面会するも数分で終わり、その後は幸田広之との会談となった。社交辞令の後、広之は今後についての明言は避けつつ、メディチ家の芸術への貢献を高く評価するだけで、そのまま会談は終了しそうな気配のため、政府高官は狼狽している。


 慌てた政府高官は唐突にトスカーナ大公国が置かれている立場や日本と対峙するつもりはなく、出来る限り友好関係を強化したい旨、懇願し始めた。


 しかし、カトリック教会やハプスブルク家の手前云々で、要は一方的に利益を得たいが協力はしかねるという、何ともご都合主義な事を並び立てている。


「今から約8年ほど前に崩御されたフランス王アンリ2世王妃のカテリーナ・ディ・ロレンツォ・デ・メディチ陛下の事はよく存じあげております。カトリックとユグノーの対立を止めるため苦慮された英邁な人物である事は歴史にも記される事でしょう。多難な時代の犠牲者ともいえます。アンリ2世公の悲劇的な最期やギーズ公率いるカトリック同盟なども存じております。それからスコッドランド国王ジェームズ6世陛下の母后をフランス宮廷で育てたのもカテリーナ陛下でしたね。現フランス国王アンリ4世陛下王妃もカテリーナ陛下の三女と聞いております。メディチ家はフェリペ2世陛下などハプスブルク家とも姻戚関係にある以上、こんにちのような事態へ苦慮されてる事でしょう」


 トスカーナ大公国の高官は、これまでメディチ家に関心がないものと思いこんでおり、完璧なほど熟知している事を悟って驚いている。


 一方、マリアは知っているからこその放置だと喝破していたので、まったくの想定内た。高官の愚鈍さに腹ただしい思いだが顔へ出さず、静かに口を開く。


「総裁閣下の当家に対するご配慮のほど、痛み入りす。ご推察通り、家業である銀行を維持するためローマ教皇庁、ハプスブルク家、フランスなどと政略結婚を重ねカトリックとプロテスタントの顔色を伺い身動きが取れない有様。ライン川あたりが賑やかになる頃まで当家の出番は無いと存じております」


「なるほど、マリア殿下は物事の表裏を見通せるようですね。それでは幾つかお伝えしましょうか。まずアルベルト枢機卿の事ですが、ご自由になさって下さい。カトリック教会自体を脅かすつもりはありません。今後、メディチ家の力をお借りする事もあるでしょう。それまでお待ち頂ければと思います。ロートシルト商会とメディチ銀行で相談しながら、上手に商売して下さい。保険、債券や株を織り交ぜた投資信託、証券取引など貴方がたとは違った方法を構想しておりますので目立たず協力しましょう。ここまで申し上げるつもりはありませんでしたが、マリア殿下は私と同じ景色がお見えのようなのであえてお話しいたしました」


「総裁閣下、当家からお役に立つであろう贈答品を持参しております。よろしければ今晩、お食事にでもお誘い頂けないでしょうか。その場でお渡しいたします」


「ならば、夕刻に私の控えている間がありますので、そちらへおいでください。殿下の侍女もご同席頂いて結構です。こちらもアブラギータやフランス人のサンジェルマン殿などを呼びますので晩餐会のように気取らず美味しい料理などご用意いたしましょう」


「喜んでお受けいたします」


 トスカーナ大公国高官やメディチ銀行幹部は絶望の淵から一転し、奇跡でも見たかのように驚いている。こうして会談は終わった。






 

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