第86話 秋の味覚

 夏の暑さも遠のき涼しくなってきた。 ちなみに天正18年9月1日だとすれば西暦1590年9月29日。旧暦だと夏の終わりからすでに涼しい。


 現代からすれば1ヶ月ほどずれている。昔は秋といえば7〜9月。今でこそ十五夜は9月だが、旧暦時代は8月。秋の真ん中だからこそ中秋の名月であった。

 

 さて現在、大坂や京の都では、ようやく煙草の販売が開始され、早くも人気となっている。煙草の葉は夏に収穫され自然乾燥したものだ。幸田広之としては熱乾燥させたかったのだが、あまり木を乱伐したくない。石炭から練炭を作るまでは自然乾燥にする方針となった。


 現在は紀伊と阿波で栽培を拡大しているが、いずれ西日本各地の織田系大名の領地においても許可する予定だ。問屋と小売販売に幕府と各大名の許可が必要。幕府認可問屋は煙草の葉を栽培する村と契約し各村に指定の作業小屋で乾燥。


 幕府認可問屋は乾燥させた煙草の葉を買い付け、地元の大名へ取引代金の一部を税として納める。加工して出荷数に応じ、幕府へ税を納める形式を検討していた。


 各大名は刻み煙草で、織田家は葉巻煙草にして棲み分けさせるつもりだ。出荷販売に伴い幕府は煙草についての法令を布告。


 密造、密売、横流しなどは厳しく罰せられる。火の取り扱いについても規制した。大坂では沢山ある茶店が煙草の利用を認める店と認めない店で割れている。しかし大半は自分のところで販売許可を取り、売って利益を出す道を選んだ。


 広之は自身が運営する薬種問屋でかねてより作らせ、備蓄していたキセルなどの煙草関連商品を販売。

こちらは幕府の許可が必要ない。つまり許可が絡まないとこで利益を取る。許認可絡む商売を幕府総裁が率先して行うのは非難を浴びかねないための配慮だ。喫煙者向けの喉薬も販売し売れ行きが良い。


 さらに広之は出版業も運営しているが、煙草販売問屋は広告を大量に出した。キセルや煙草入れの人気シリーズは入荷日に行列が出来ており、コレクターズアイテムとしてプレミア価値が付いている。


 本命の葉巻煙草は2年以上の長期発酵が必要なため販売は当分先となる。しかし、その間煙草人気は全国へ拡大するはず。煙草が当たったら珈琲も、と思う。しかし広之は珈琲について消極的だ。何故なら日本で大量に生産出来ない。

 

 アフリカ人の奴隷が巨大プランテーションで生産したら、価格競争で負ける。金銀銅を流出させたくはない。赤道付近で出来るたいした技術も要らない労働集約型産業には警戒と対策が必要だと考えている。


 そんな事を考えている広之だったが、今年も若狭から塩魚の届く季節になった。心配なのは初出産を控えている末だ。末の部屋は出来る限り暖かくし、免疫を高める食事にしている。


 末も武家出身であり、五徳も一目を置く教養を備えていた。暇を持て余し、幸田家に山程所蔵されている書物を日々読み耽っている。


 酒は禁じられており酒宴には出ないが、普通の食事は五徳たちと一緒に食べることもある。本日は末も交えて酒抜きの食事をすることになった。


 囲炉裏では豆乳鍋がすでに準備されている。生姜がたっぷり入って食欲をかきたてずにはいられない。具材は鶏肉、鶏のつみれ、新巻鮭、椎茸、舞茸、春菊、九条葱、ニンジン、かぼちゃ、里芋。


 鍋の他に栗と小豆のおこわ、焼き松茸、焼き塩鯖なども並ぶ。末はまず栗おこわから食べた。栗は燻製にしたものを加えており、小豆は茹でた後、煮汁を切っている。


 昨年、中川清秀に同じものを出したときは「これは実に懐かしい味わい。食べるのは初めてじゃが」などと絶賛していた。


「於末、こちらの鍋も生姜の香りがたまりませぬぞ。舞茸の美味なこと」


 五徳が、末を急かす。舞茸を初めて食べたらしい末は感動している。現代なら天然舞茸はある意味下手な輸入松茸よりうまいし、結構な値段だ。


 山の生命を感じるような鮮烈で力強い風味に末が言葉を失うのも無理はない。また鍋には塩麹も入っている。これが豆乳に深みのある味わいをもたらしていた。


 初と江は松茸をおこわの上にのせて食べていた。流石に幸田家に住み始めて何度目かの秋であり、このような芸当を自然と繰り出せる。


 広之は豆乳の濃度が少し強いな、と感じつつも味的には十分だと思っていた。酒が無いと、やはり飲食の時間は短い。食べ終わった後、皆で紅茶を飲みながら話をするのも悪くはない。


 ゆっくり時間が過ぎていった。


 

 

 


 

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