第85話 ソースとパン粉
南方からの使節が来日したさい、イスパニアのフィリピン総督使節団一向に多数の職人が含まれていた。
幕府総裁幸田広之が「いずれ日本に貴国の人たちが沢山住む場合、食生活を懸念します。願わくば不自由しないよう職人を派遣してください」と要望した結果である。
職人の国籍はイスパニア人だけではなくイタリア人、さらにハプスブルク帝国ともいわれる領内のフランス人やドイツ人も居た。
結果として、チーズ、ハム、ソーセージ、パン、ワイン、ビールなどの職人が多数来日している。湿気と降水量が少なく冬も温暖なことから淡路島にファームを建設させるため、さっそく普請が始まった。
ただワインだけは現在河内で葡萄の生産と品種改良に力を入れてる関係で、ワイナリーはそちらへ設ける。イエズス会の指導により製造している素人レベルの酸っぱいワインも河内で作られていた。
現代のワインを知っている広之はワインを飲まずビネガーへ改良し、料理の隠し味としている。品質の低いワインを逆手に取り酢酸菌を作り出すのは容易なため、それなりのワインビネガーだ。ワインビネガーに味をしめた広之は果汁を煮詰め、樽で熟成させてバルサミコ酢も完成させている。
豚の生産と品種改良は紀伊で行っていたが、一部を淡路島に分割。広之の構想ではすでに入手しているトマトを品種改良し、イタリアへ先んじてトマトソースのピザやパスタを生み出す。日本料理にしてしまうのだ。ジローラモもびっくりであろう。
さらにハンバーグ、ハンバーガー、サンドイッチ、フライドチキン、トルティーヤ、フェジョアーダ、フィッシュアンドチップス、フレンチフライ、ブイヤベース、カリーヴルスト、ジャンバラヤ、クレープ、クロワッサン、ビーフストロガノフ、ボルシチ…。
広之が密かに好きだった松屋のシュクメルリ(ジョージア料理)も頂く。SNSで有名なジョージア大使も涙目であろう(無論、知る由もないが)。
西洋料理以外にも麻婆豆腐、小籠包、生煎包、胡椒餅、魯肉飯、台湾大鶏排、カオマンガイ、トムヤムクン、グリーンカレー、バカパオ、チヂミ、ビビンパ、参鶏湯、ホットク、トッポキ、スンドゥブチゲ、チャジャン麺、キムチ、タッカルビ、ドネルケバブも先に世へ送り出す。
無論、チョコレート(生産は日本でないが)、紅茶、珈琲も日本が本場になる。これらも全部日本生まれの日本料理となってもらい、将来日本の食文化を担わせたい。そうは言っても食文化の根本が変わらないよう配慮はする。
広之は、かなり悪質ともいえる計画を着々と進めているのであった。そんなおり広之は地下室で熟成させていたウースターソースの味を確認していた。少し前に作って寝かせたものだ。
ワインビネガー、塩、醤油、カラメル、水に玉葱、セロリ(明から種を入手した)、ニンジン、和りんご(小さい)、ナツメ、ニンニク、生姜、陳皮、唐辛子、スパイスを加えている。
毎度のことながら原料費や調達に掛かった費用は大変な金額だった。さらに数年前よりタバスコも製造し、熟成させている。広之はパンを焼かせ1日経ったものを粗めのおろし金でパン粉にさせた。特注の鉄鋳物皿もある。
哲普を呼び、詳細に指示を出す。最近では、ここまで入念に説明したり、指示をするのは珍しい。夕方となり五徳、茶々、初、江や仙丸が揃っている。
「食した事のないものとはこれまた…」
初が不安がっている。
そして串揚げが運ばれてきた。鶏、海老、鯛、鱧、蛸、鰆(サワラ)、鰯(紫蘇に梅肉のせ巻いている)、じゃがいも、茄子、餅、はんぺん、岩牡蠣、半熟茹で卵、蛤。
ザルの上に紙が敷かれ、上にのせられている。見事なキツネ色であり、黄金のごとく輝いていた。ウースターソースの入った小さな壷が置かれており、その下には『二度漬け禁止』と書いた紙が置かれている。
「左衛門殿……これは如何なる趣向で」
流石に得体の知れないものを前にして五徳が確認する。
「このようにですな、1度だけ漬けて食べてくだされ」
広之は岩牡蠣をソースに付け和辛子をほんの少し塗ってうまそうに食べる。そして蕎麦焼酎を飲んだ。それを見た一同は各々好きなものを漬けては食べだす。
「これは三河の味噌かと思いきや酸味と甘さもあり揚げたものにあいますのぅ」
五徳は鱧を口にして、梅酒を飲んだ。茶々は何を思ったのか半熟卵に勢いよく口にし驚く。仙丸は子供らしく海老に夢中だ。初と江は無難に蛤を食べている。
「左衛門殿、この黒いものは何というのでございますか」
茶々の質問に広之は少し困りながら浪速醤油と答えた。ハダカデバネズミやナマケモノなどもう少しまともな命名出来なかったのか、というのは多々ある。浪速醤油でよかったのか少し不安な広之であった。それより思った以上に串揚げは好評だ。皆喜んで食べている。
そして鉄板にのった岩牡蠣のお好み焼きが出された。まだキャベツが無いので大量の九条葱を使っている。また生地には山芋の代わりに豆乳、天かす、茹でたじゃがいもが潰されて入っていた。
具には岩牡蠣、蛤、海老、餅。お好み焼きの上にはソース、玉元(和食版におけるマヨネーズ)、鰹節がのっている。あらかじめ大阪式に切られており、広之は嬉しそうに頬張った。
他の者たちは熱さに苦戦しつつ、未知なる美味に大満足である。一方、台所ではお好み焼きが次々と焼かれ家中の者も食べており、幸田邸からはソースの香りが漂っていた。
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