第299話 ロシアの厄災とバルト海

 西暦1595年夏。ロシア・ツァーリ国はうだるような暑さの最中、混迷に見舞われていた。基本は全て幕府同盟軍に起因する事である。


 先ず、幕府同盟軍に追われたオイラト、ウズベク、カザフなどの部族はウラル山脈一帯に潜んで越冬し、雪解けから集団化。


 幾つかの大集団はウラル南端からロシア領へ殺到したのである。ウラル山脈の東側にあるシビル・ハン国、ブハラ・ハン国(シャイバーニー朝)。ウラル山脈西側の南にあるノガイ・オルダと旧カザン・ハン国は何れも幕府同盟軍の制圧化となっていた。そのため、ウラル山脈を迂回し、ロシア領北東へ攻め込む他、無かったのである。


 ロシアは雷帝イヴァン4世の治世下で中央集権体制を確立した。しかし、中央は幕府同盟軍の侵攻以降、お飾りの皇帝フョードル1世と実質的支配者のボリス・ゴドゥノフによる支配体制が傾いている。


 機能不全を起こした中央集権体制ほど無惨なものはない。ロシア領の北東部がタタールに蹂躙されても、放置しているだけだ。いや、何とかしたくても中央政府には辺境へ十分な派遣をするほどの余力が無い。


 タタールに脅かされた各地方は究極の選択をする他なかった。ドン川やヴォルガ川一帯を制圧し、管轄下に置いている幕府同盟軍領へロシア領北部から大量の難民や逃亡農奴が押し寄せたのはいうまでもない。


 ロシアの中央政府はといえば、死んだはずであるフョードル1世の弟ドミトリー皇子が3人も現れていた。1人目はヴァシーリー・シュイスキーが密かに仕込んだ者。2人目はポーランド・リトアニア共和国の貴族が仕込んだ者。3人目はスウェーデンを後ろ盾にした貴族が仕込んだ者だ。


 大本命はシュイスキーの仕込んだ偽ドミトリーであり、本来ならば政敵であるアンドレイ・ムニエフやフョードル・ロマノフも加担。既にドミトリーの母親マリヤ・ナガヤ(雷帝イヴァン4世の第7皇妃)を密かに保護という名目で軟禁していた。


 シュイスキーはモスクワを脱出すると元々先祖が治めていたニジニ・ノヴゴロド(現在、幕府同盟軍の管理下)へ逃げたのである。


 ボリス・ゴドゥノフがドミトリー皇子暗殺未遂事件の首謀者だとして、各地や有力貴族へ弾劾状を送りまくった。ゴドゥノフはフョードル1世が崩御した後、自身の皇帝即位を画策。


 邪魔となるドミトリー皇子を殺害しようと刺客が放たれたものの逃げて、匿われていたという内容だ。事件を調査したシュイスキーはゴドゥノフの命令で死んだという報告作成が強要されたと告白しており、一応最もらしい内容である。


 当のゴドゥノフは「事件は偶発的」であり、ドミトリー皇子は間違いなく亡くなっている、と声明を出したが、信じる者は皆無だ。紛糾している最中、第2、第3の偽ドミトリーが出現。


 そして、第1の偽ドミトリーが母親のマリヤ・ナガヤと面会し、本人であることを断定されるに至り、反ゴドゥノフ陣営は一斉蜂起した。


 陣営を幕府同盟軍は支持するだけでなく、支援を表明。ロシア北東部でタタールの侵攻にさらされていた各地域も反乱を起こし、陣営に加わった。


 これにより、幕府同盟軍はウラル山脈西方へ侵入したタタールを殲滅すべく、徹底した掃討が開始されたのである。投降した者は裸足で大きな荷物を背負い、水や食事を与えられず、炎天下の中を毎日行軍させられた事により、全員死亡した。


 さらに、ポーランド・リトアニアも混乱の様相を見せている。国王ジグムント3世は実質的にイエズス会を後ろ盾とした熱心なカトリックであり、プロテスタント信仰を禁じていた。


 また、ジグムント3世は元々スウェーデン人であり、スウェーデン国王のヨハン3世が(ジグムント3世の父)崩御後、シギスムンドとして同国の国王になっている。


 スウェーデンの教会は大半がルター派プロテスタントであるため、ジグムント3世はウプサラ宗教会議を踏まえつつスウェーデンにて即位。だが、ジグムント3世は帰国後、ポーランド・リトアニアのプロテスタント信仰を禁じたのである。


 これに対してスウェーデン側はウプサラ宗教会議違反だとして猛反発。その急先鋒が摂政カール(後の国王でジグムント3世の叔父)であった。


 また、ジグムント3世の妻はオーストリア大公カール2世の娘だ。つまり、オーストリア・ハプスブルク家と姻戚関係で結ばれた上、筋金入りのカトリックという事になる。


 こうなると、イスパニア・ハプスブルク家の滅亡ともいえる事態やフランスやイングランド主導によりプロテスタント側の攻勢は当然ポーランド・リトアニアへも伝わっていた。


 しかし、ポーランド・リトアニアは親ハプスブルク家としてカトリック陣営を標榜の上、幕府連合軍へ敵対するかといえば、そうでもない。


 ポーランド・リトアニア共和国における国王は選挙制だが、ジグムント3世は王権を強化しており、不満を抱く貴族も多かった。そこへ、フランスがジグムント3世を追い落とすべく、介入しているのだ。


 さらに、フランスとイングランドがスウェーデンの国王代理である摂政カールへジグムント3世の廃位と彼の戴冠を支援する旨、伝えていた。


 その上、ロシアとの戦争で失ったフィンランド湾の一部、さらにポーランド・リトアニアの一部を領土化するための案も示され、ほぼ幕府連合軍への参加が確定的だ。


 不満を抱く貴族、偽ドミトリーを擁立しロシアへの介入を企む貴族、幕府同盟軍により追われてきたカザーク(コサック)、スウェーデンの動静などで、ポーランド・リトアニアは窮している。


 ロシアとバルト海沿岸に戦乱の機運が高まりつつあった。



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