第300話 東西駅伝網
丹羽長秀は日本領となっているイスパニア国アンダルシア州マラガ県・カディス県へ地中海府を設置。織田信勝を長官に任命した。
幕府連合軍は一旦解散となり、新たに地中海条約の合意とジブラルタルへ自由欧州同盟本部(六ヶ国同盟から発展的に結成)が置かれる事で調整されている。
同盟の盟主は名誉職だが、史実通りならば10年以内に他界するイングランド女王エリザベス1世の就任でほぼ決定的となっていた。副盟主はフランス国王アンリ4世だ。
オスマン・トルコの皇帝メフメト3世もかなり色気を出していたが、年功序列的にエリザベス1世が長秀の強い意向で推された。
自由欧州同盟の加盟国は日本、フランス、イングランド、ネーデルラント(オランダ)、トルコ、モロッコだが、ジェノヴァ、ミラノ、シチリア、ナポリ、スウェーデンも直に参加する事が期待されている。
デンマーク・ノルウェー、ブランデンブルク、スイスなどもステルス加盟国のような状態へ持ち込めるよう水面下で外交折衝が繰り広げられていた。
一方、幕府は地中海へ着々と拠点を整備している。ジブラルタル、セウタ、メリリャ、バレアス諸島、マルタなどは直接支配し、エジプトは最大の拠点と化していた。
マルタを約1ヶ月で降伏させた後、長秀率いる幕府同盟軍の艦隊は各地へ寄港しつつ、黒海へ戻ったのである。その後、長秀はアゾフ海のアゾフに築いている一大拠点の完成を急がせた。
そして、東西を結ぶ駅伝網がいよいよ完成しつつある。旧来のシルクロードやブハラ・ハン国(シャイバーニー朝)のオアシスを一部組み込んだものだ。
敦煌周辺のオイラートを殲滅。玉門関からハミ、トルファン、ウルムチと天山北路を進み、サマルカンドに至る。そこからブハラやヒヴァ、カスピ海沿岸を経由し、アゾフ海へ到達するルートで、およそ4千km。
約140の駅で結ばれている。駅あたり、百人から千人ほど常駐していた。多くの馬や駱駝を養うため、莫大な飼料や水が必要だ。人間の食糧や物資などを調達するため、常に各地との往復が強いられる。
万一、襲撃を受ければ戦う。そのため、需要拠点に配置される人数も多くなる。駅に配置されているのは、日本人、女直、蒙古、オイラト、漢人、ウイグル人、ウズベク人、カザフ人、キルギス人、ノガイ・オルダ系、旧アストラハン・ハン系、ユダヤ人などが雇われていた。
雑多な人種や部族からなるため一致団結して反乱を起こすのは難しい。伝書鳩や狼煙については日本人が掌握しており、何かあれば近隣から援軍や追っ手が差し向けられる。しかし、駅伝網で働けば十分な飲食や賃金が保証され、様々な恩恵もあり、皆従っていた。
従来のシルクロードといえば東西を珍貴な品物が往来し、繁栄をもたらすという月並みなイメージそのものだ。しかし、幕府の構築した駅伝網は貿易ではなく周辺からの物資買い付けや雇用により、大きな金が動く。
馬、牛、豚、鶏、駱駝、酒、干した果実、チーズ、穀物、酒などが買い取られる。また駅には市や売春施設も併設され賑わっている。この形式は清州で構築中の駅伝網と基本的に同じだ。
酒について補足すると、イスラム圏で酒は基本飲まない。ただ、トルコにはラク、イランにはアラックというアニス風味(セリ科の香料)の蒸留酒が存在する。
また、中世以降ではイスラム圏となっている中央アジアやイランなど、ゾロアスター教徒、マニ教徒、ネストリウス派キリスト教徒(東方教会系)、ユダヤ教徒も少なからず暮らしていた。
イスラム教において、ユダヤ教徒とキリスト教徒は啓典の民とされており、人頭税(ジズヤ)の納付など条件を満たせば、一定の信仰は認められたのである。
少なくとも禁止され、見つかり次第、殺戮されたというわけではない。またユダヤ教徒に至っては7世紀から10世紀、カスピ海の北、コーカサス地方、黒海沿岸に存在したユダヤ教国家ハザール王国が存在した。
正確な結論は出ていないが、アシュケナージ・ユダヤ人の多くはハザール王国出身者だという説もある。ハザール人は主にテュルク系民族であり、セム系ではないという微妙な話のため、色々と難しい。
推測になってしまうが、ハザール王国崩壊後も非セム系ユダヤ教徒は同地域で相当数存在の上、シルクロード方面へも展開した可能性はある(当作品では旧アストラハン・ハン国、ノガイ・オルダ地域、ヴォルガ川下流域、ドン川下流域、旧ブハラ・ハン国などの領域に相当数のユダヤ教徒が存在する前提です)。
そのような経緯や背景を考慮すれば酒があるか、無いかでいえば答えはイエスであろう。そもそも、シルクロードを踏破する場合、問題となるのは水だ。
大航海時代の航海がそうであったように、シルクロードも水分補給に酒を重用した可能性は高いはず。ワイン、ビール、馬乳酒(ウイグル地域ではクムスという)などは重宝したと思われる。
話を戻す。幕府は敦煌からカスピ海沿岸を結ぶ各地で途方もない数の街道整備、灌漑設備、緑地化、城塞都市などの建設工事が次々と着工しつつある。
建築資材、農機具、馬具、靴、靴下、下着、衣服、頭巾、馬、駱駝、食糧などが途方もない数量調達されていた。また、明国方面や蒙古方面から茶、砂糖、煙草、塩、薬、絹織物、陶磁器などが運ばれ、その逆は香辛料、宝石類、装飾品、硝子製品である。
しかし、幕府は何れ欧州方面の領内で陶磁器、甜菜糖、紙、薬などを生産する予定だ。インドやインドネシアの茶(インドで既にチャノキを発見している)やエチオピアと新大陸の珈琲もインダス川沿いにシルクロード方面、或いはペルシャなどへ大量に運ばれるだろう。
幕府は何れの地域でも馬を高い価格にて無制限に買い取っているため、当然の如く取引価格が暴騰しており、馬は大変な貴重品だ。このため、各国の軍では馬の調達が困難となっており、軍事負担は増している。
遊牧系国家の馬不足という笑えない現象が起きつつあるのだ。そもそも、馬の供給源を担っていた遊牧部族が片っ端から消えている。
ともかく、シルクロードは王族などの一部有力者や大商人が儲かるという、かつての方式ではなく、庶民や家内工業的なところこそ恩恵に浴す形へ変貌しつつあった。
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