第301話 秀吉と安治

 幕府は現在、アゾフ海の東端に大都市の建設を開始していた。現代でいえばアゾフとロストフのあたりだ。アゾフにはトルコの築いた要塞がドン川流域やカスピ海北西岸への教頭堡として存在する。

  

 要塞はそのままにして、呑み込む形だ。無論、トルコには旧アストラハン・ハン国領域やドン・カザーク領域の安定支配やペルシャへ睨みを効かせるという名目で承諾は得られている。


 その都市はラテン語でエテルニタス(永遠)と名付けられた。フランス語ではエテルニテとなる。現代でいえば、ドン川沿いにボルゴンドスク、ヴォルゴグラード、またヴォルガ川へ入りアストラハンが同時に開発されていた。


 ボルゴンドスクはエクレウス(ラテン語で小馬座)、ヴォルゴグラードはボーテス(ラテン語で牛飼座)、アストラハンはアストラ(ラテン語で新星)と命名。


 大陸公路(織田幕府の駅伝網と同義)を盤石にした上、カスピ海沿岸は大穀倉地帯と大牧畜地帯(放牧を含む)へ発展させる予定だ。そして、ヴォルガ川とドン川流域に拠点網を構築すればロシアはほぼ終わりである。強大化する道はほぼた途絶えるであろう。


 ポーランド・リトアニアやスウェーデンから圧迫され、どうにもならない。密約により、ドニエプル川の東側は幕府、西側はトルコとなっていた。


 そのため、トルコはボヘミア方面(チェコ)から現代でいうところのウクライナへ西部への侵攻を準備中だ。しかし、トルコは現在クリミア・ハン国も巻き込みハンガリーでハプスブルク家と激しい消耗戦を繰り広げていた。


 新たな遠征でトルコの財政は、さらに逼迫する事が確実だ。史実では西暦1699年に大トルコ戦争が集結。トルコはハンガリーの大半をハプスブルク家へ明け渡し、衰退へ拍車が掛かった。この世界線では衰退が早まりそうだ。


 丹羽長秀はエテルニタスで、ロシア各地から続々と押し寄せる農奴の人別や入植地への振り分け、物資の調達などを指示していた。とりわけ、冬を越せるだけの食糧調達が最優先だ。


 肉については遊牧民族から取り上げた羊が続々とカスピ海北部へ移動させられ、問題は無い。農民には収穫物への税は無い事が説明された。


 その上、農器具や種、食糧も無償で提供されており、馬や牛でさえ供与となっている。開墾の合間に幕府の普請を手伝えば、十分な賃金も貰えた。


「五郎左殿、此方のおなごたちは皆肥えてますのぉ。25歳辺りを境に別人の如くじゃ」


「筑前よ……お主は真っ先におなごへ目が向くのぉ。そなたの家来たちも、アイヌ、スメレンクル、ホジェン、女直、蒙古、漢人、ウズベク、ロシア、タタール、トルコ人など妾にしておるが、幕府はうるさいから大事にいたせよ」


「五郎左殿もサマルカンドへ入城した時、あまりの美しさに驚いてたではございませぬか」


「まあ、それは仕方なかろう」


「それにしてもエテルニタスへ戻ってから、格別に食い物が美味しゅうなりもうした」


「カタクチイワシが大量に取れるゆえ、それで煮干しも作れる。シラスも取れるから、あれを白飯で食えば美味いのぉ。鯖もあるのは驚きじゃな。お主の元家臣がエジプトで作らせた“ナイルほまれ”という日本米もなかなかのもの」


「脇坂のたわけ……いや、織田家直参重臣であらせられる脇坂殿のご活躍、お見事なものですな」


「他にも居るじゃろ」


「黒田、蜂須賀(いわゆる小六はすでに多く他界)、神子田、小西、堀尾、神子田、増田、加藤(光泰)、戸田(勝隆)、尾藤、宮部……。とりわけ脇坂殿と小西殿は幕府評議衆にも列席する程の身分」


「お主にはまだ優れた家臣が沢山居るではないか。虎之助(清正)、石田兄弟(三成・正澄)、福島、加藤(嘉明)、藤堂、片桐、大野、浅野、木村(重茲)、中村(一氏)、大谷、山内、竹中(重利。半兵衛の義弟)。虎之助や藤堂なら我が家臣となれば家老で10万石じゃ。織田家直参となれば、ゆくゆくは一国の大名とて夢ではなかろう」


「確かに虎之助は数ヶ国の太守も務まる器。今の儂には過ぎたる者。市兵衛(福島正則)と与右衛門(藤堂高虎)含め、織田家直参となった方が公儀のため。帰国後、取りなしていただけぬでしょうか」


「承知した。脇坂に頭が上がらぬのも事の成り行きとはいえ、あやつらも内心思うところはあるであろう。それと、浅井家が何れ再興の暁には片桐をくれてやれぬか」


「仰せの通りに」


「さて、そろそろ昼餉じゃ。腹も空いたわい」


 ほどなくして食事となった。茄子の味噌汁、ズッキーニの漬物、茄子の揚げ浸し、肉じゃが、アブラハヤ(コイ科)の唐揚げと佃煮などが並ぶ。


 何故か秀吉の隣には偶然にも脇坂安治が座っていた。


「パンやフロマージュ(チーズ)も悪くはないが、やはりかような食事は寿命も延びる。のぉ、儂より出世した脇坂様」


「殿、おやめくだされ。羽柴家を去ったのは決して本意ではござりませぬゆえ。あの時は、他の者も含めやむにやまれず……。幕府のため働こうと織田家へ帰参した次第。細かい事を申せば織田家の家臣として明智の与力となっており、羽柴家でも形式上は与力。しかも、但馬へ移った後の話。黒田殿、蜂須賀殿、仙石殿たちとは違いまする」


「冗談じゃ。これからも織田家や幕府のため励むがよい」


「はっ、及ばせながら」


 居並ぶ武将たち笑いながら、箸を進めていた。長秀はご飯をお替りし、アブラハヤの佃煮で茶漬けにしている。こうして、鋭気を養う諸将たちであった。





 


 


 






  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る