第28話 瀬戸内動乱①
備後・鞆の足利義昭が織田家よりの提案を無視し続けていた。義昭の嫡子へ約5万石の知行と朝廷から
織田信孝は土佐を治めている家老の岡本良勝へ伊予の小早川隆景と協議するよう求めた。この席には羽柴から黒田長政、毛利から安国寺恵瓊も参加し、話し合いが行われたが、かなり荒れた内容となったのである。
良勝は毛利家が義昭を上洛させないよう引き留め、大友や織田への牽制を意図していると断罪したからだ。結局、物別れに終わり、良勝は秀吉へ毛利方との折衝を継続するよう命じ、伊予から土佐へ帰国した。
これにより毛利は態度を硬化させ、秀吉と隆景は苦しい立場へ追い込まれたのである。さらに秀吉は本能寺の変時に合意した備中、美作、伯耆の割譲がいまだに片付いていなかった。
信孝は家老の幸田孝之を姫路へ向かわせた。孝之は秀吉へ来年の春まで割譲問題およびに義昭の将軍返上されるべしと厳命。
義昭との交渉はこれまで隆景を取り次ぎとしていたが改めて秀吉に一任することも併せて伝えられた。
ほんの少し前まではいずれ小早川は九州へ転封。伊予も秀吉に、という噂さえあった。これまで交渉や調略を得意にしてきた身からすれば誤算どころの話ではない。
慌てた秀吉は自ら鞆の義昭を訪ね交渉。交渉と言うよりほぼ恫喝に近いものであった。将軍を返上し、准三宮を受けなければ毛利共々容赦せず、と。
秀吉も毛利が義昭の背後で動いていることを疑いはじめていた。龍造寺や島津と大友を挟撃し、長宗我部、雑賀、明智、筒井、柴田の残党を蜂起させ上洛してもおかしくはない。
それだと秀吉も加担を疑われる。これまで織田家の家老などと扱われていたが、良勝や孝之の態度は完全に格下に対する態度であった。
天正五令にしても信長の時代とは明らかに違う。もはや信孝の家中およびに軍団は事実上の幕府として動いており、自身の足場が急速に弱くなっているよう感じて仕方がない。
このままでは佐久間信盛のような末路を辿ってもおかしくないだろう。信長からの養子である秀勝へ家督譲渡も検討せざるを得なくなった。
窮すれば黒田、蜂須賀、宮部、仙石などの家臣も信孝の方を見てるような気さえする。これまで自身が他家へ行ってきたような目にあってるな、と自嘲するほかなかった。
いずれにしろ早急に対策を講じなければ身を滅ぼすかもしれない。弟の秀長を呼び2人で話し合う秀吉であった。
その頃、大坂では報告を受けた信孝、孝之、広之の3人が集まっていた。
「筑前は今頃いかばかりか」
「然様ですな、謀反に及ぶほど愚かではありますまい。さすれば毛利に頭を下げるか、得意の恫喝くらいしか打つ手はないはず。どちらで来ますかな」
「筑前守が寝返った場合は毛利に3カ国譲渡を撤回し、新しい幕府では副将軍および西国管領に任ずる、と餌を撒けばなびくはず。筑前を毛利から切り離したら、黒田や蜂須賀も加増安堵で取り込めば終わる話でござりましょう。いずれにしろ来年には上様の弟君が亡くなる可能性高く、そこまで。五郎左殿のところへも大坂の内情や真意を知りたいらしく使者が頻繁に来てるそうですし……」
広之はそう言いながらとぼける。
「然様か。ならば手筈通り、そろそろ安芸殿(毛利輝元)へ大坂に参るよう使者を出すとすべきだな」
数日後、輝元の下へ信孝からの使者が訪れ3カ国譲渡と将軍返上について話し合いたいから大坂へ参られよ、との返答に窮していた。
大坂へ行けばそのまま帰らぬ人になる可能性がある。まあ行けば明確に臣下と認めたようなものだ。行かなければ、それを口実に攻めてくるはず。義昭を差し出すか、秀吉を抱き込むか……。
重臣たちは寝ずに協議を重ねた。その結論は大坂へ行かず時間を稼ぐ。毛利同様に苦しくなった秀吉を抱き込むこということで決した。
秀吉の使者が再三恫喝めいた譲歩を要求していたことにより、大坂へ行くことをためらった結果である。ここでも秀吉の交渉はすべてを見透かされたかのように裏目となった。
その後、毛利は徹底した時間稼ぎを行いつつ、秀吉の懐柔という手に出てきたのである。ここに至り秀吉は完全に万事窮す。
もはや毛利関係なく高野山へ追放されるか、討伐されてもおかしくはない。秀勝を抱えている以上大義はある。
毛利と大坂を落とせば何とかなる可能性は高いと見た。羽柴、宇喜多、毛利、小早川含めれば何とかなるはず……。
秀長は兄を止めたが孝高は我に必勝の策ありと秀吉を勇気付けた。
秋が深まるなか、また歴史が動こうとしていた。
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