第29話 瀬戸内動乱②

 10月中頃、羽柴秀吉は領内から兵を集めだした。これには宇喜多も含まれている。


 岐阜会議において宇喜多の備前は織田家より知行が安堵された。しかし美作と備中東部については織田家から秀吉へ一任されたうえで安堵という形式である。


 織田信孝が織田家の家督を継いだ後、美作と備前は秀吉の領域になった。そのうえで秀吉が宇喜多に知行安堵している。形の上では両属のような状態だが、実質的には秀吉の家臣も同然。


 現在、秀吉の領域は宇喜多を含めると播磨、備前、備中東部、美作、伯耆東部、因幡、但馬、淡路、讃岐。計9ヵ国。


 そのうち備前、美作、備中東部は宇喜多秀家、伯耆東部は南条元続、因幡は宮部継潤、但馬は羽柴秀長、淡路は仙石秀久、讃岐は黒田孝高と蜂須賀正勝。


 秀吉が迅速に兵の動員をかけたのに対し、毛利はあまりに遅かった。この期に及んで様子を見ようとしており、秀吉を激怒させる。


 これについては当初から方針がずれていた。秀吉の構想では小早川が土佐へ侵攻。讃岐勢は阿波から紀伊へ上陸。但馬と因幡勢は丹後から丹波へ侵攻。秀吉は宇喜多と摂津へ侵攻。信孝の準備が整う前に改修中の大坂城を落とす。

 

 そして後詰めの毛利と上洛し、安土を目指すというものだ。なのに毛利はあまりに悠然としており、戦う気が感じられない。


 実は秀吉が動いたと同時に信孝家老である土佐の岡本良勝が讃岐の小早川隆景へ使者を送っていた。


 織田幕府成立の際は毛利を副将軍と西国管領にしたうえ、備中、美作、伯耆並びに小早川の伊予を安堵するので動かないよう要請されたのである。


 これについても毛利家中では議論が白熱した。秀吉と組めば勝てる公算はある。なのに見捨てたら次は毛利を攻めるのではないか、と。


 しかし消極的な意見が支配的となり、まずは動かないことで決する。足利義昭も毛利の対応に激怒。


 自ら出馬して秀吉の軍に参加すべく鞆を後にした。毛利は義昭を止める振りをしたが、実際のところは好都合以外の何ものでもない。


 羽柴陣営にさらなる激震が襲う。黒田、蜂須賀、仙石が信孝へ寝返ったのだ。毛利が小早川を通して当面動かないことを約束するや信孝は即座に黒田、蜂須賀、仙石へ知行安堵を提示した。


 決定的だったのは小早川からも使者が来て、毛利共々動かないことを知らせてきたことだ。それでは完全に羽柴の謀反であり、勝ち目などあるはずもない。


 こうして土佐と阿波の信孝勢は続々と讃岐に集結。宇喜多、南条、宮部も動きを止めたのである。これによって秀吉は姫路で籠城する以外の選択肢しか無くなり、大坂へ使者を送った。


 そこへ大坂の方から使者が来た。今回のことは毛利と義昭に責任があり、亡き上様(織田信長)への忠節と働き、また丹羽長秀の取りなしに免じて、不問とする。


 ただし秀吉の所領は但馬だけ認め、さらに丹羽長秀の傘下へ入るべし。出羽の庄内を新たに与えるので彼の地にて切取次第。今後の働きを期待する。


 以上のような内容であり、秀吉は従うほかなかった。こうして秀吉は引き渡し担当者の細川忠興に姫路城を明け渡すと、安土城に送られ、来春までの間に謹慎となったのである。播磨については幸田孝之の領地となった。

 

 足利義昭は捕らわれ高野山へ配流となり、朝廷は将軍職を剥奪。こうして足利将軍家は完全に消えたのである。


 信孝は現状権大納言だが、1年以内に征夷大将軍へ宣下せんげされる前提で、正二位内大臣となることが内定。


 信孝が将軍になった際、丹羽長秀、徳川家康、毛利輝元の3人は揃って権大納言となる下交渉も開始された。

 

 大坂は紅葉も終わり一段と寒くなってきた。広之は秀吉の件について、このあと生き残った彼が長秀の下でどのような仕打ちに合うか大体の察しつくだけに気の毒な気もする。


 しかし、これで茶々をはじめ救われる人が大量に居るのも事実。


 そんなことに思いを馳せながら、奥の院竹子派2度目の晩餐会を開いた。今回はいよいよ新蕎麦の披露である。


「左衛門殿、此度はいかなる趣向じゃ」


「秋に採れた蕎麦を召し上がって頂こうと存じます」


「何……蕎麦とはあの蕎麦か」


「蕎麦ですが蕎麦切りと申します」


「五徳殿、聞いたことはおありか」


「さあ、蕎麦を切るという意味がわかりねまする」


「三河で暮らしていたから蕎麦には詳しいと思ったまでじゃ」


 初っ端からアクセル全開の竹子である。信孝と寄りを戻したようだが、基本的な性格は変わってない。


「まずは、いろいろご用意致しましたのでお召し上がりくださいませ」


 お初や女中が盆を持って現れ炉端に並べる。そばがき、蕎麦豆腐、蛸の白扇揚げ。


「揚げた蛸もございますのね」


 茶々が蛸に違和感を感じたようだ。


「前回、五徳様が蛸をお気に召してたようなので、少し趣向を変えてみました」


「三河じゃ新鮮な蛸なんて、なかなか珍しいですものねぇ」

 

 話がまったく繋がってない。竹子が明後日の方向から意味不明な絡み方してくる。


 五徳も伊勢に少し住んでたことがあるだけに、お伊勢様以外何もないし、三河とたいして変わらんだろう、と思いつつ全力で無視する。


「何、これ美味しい」


「あっ、蛸の旨味と衣の加減が」


「さすがは左衛門殿」


 空気を読んだ浅井三姉妹の見事な連携プレイである。


 肝心の五徳も一口食べると顔に笑みがこぼれた。


 一同、そばがきや蕎麦豆腐も堪能し、酒を所望。出されたのは梅酒だった。実は初夏の頃、手に入れた焼酎で梅酒を仕込んだ。蜂蜜も入っており、この時代ではそうとう金がかかっている。


 初と江には飲ませないつもりだったが全員凄い勢いで飲み始めた。もはや止められない。


「こんな美味な酒があるとは。何故ゆえ、これまで出さなかったのじゃ」


「いや、仕込んで直ぐ飲めないのですよ」


「然様か、しかしこの酒はあまりに美味」


 竹子が毒を吐くのも忘れるくらい気に入ってくれたようだ。


 酔い潰れる前に西馬音内蕎麦風のぶっ掛け蕎麦とざる蕎麦を用意した。胡桃だれもある。


 5人とも未知の食いものへ驚いた眼差しを向ける。真っ先に箸を付けた五徳が止まった。しかし次の瞬間猛烈な勢いで食べだす。それを見た竹子たちも食べ出したが五徳と同じような反応である。


 山葵も初めてだったようだが、結構気に入ってる様子。このあと全員お替り。台所では哲普が必死に蕎麦を打つ。


 こうして竹子たちを蕎麦の虜にして、満足気な広之であった。


 







 

 

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