第401話 マリアの大坂食い倒れ①

 慶長元年12月中旬(西暦1597年2月上旬)。大坂は各地から訪れた手間請け、渡り職人、日雇い、行商人、あるいは新規の移住者などで賑わっていた。慶長地震後、幕府は復旧緊急予算を成立させ、新年度予算には大坂府開発計画が盛り込まれているためだ。


 今宮村、木津村、難波村、海老江村、野田村(東成郡)、天王寺村、阿倍野村、玉造村、杭瀬村などには飯場や長屋が立ち並ぶ。大坂府は現在の中央区から住之江区が大坂市中、北区から尼崎・豊中・吹田・茨木(南部)が北大坂、堺が南大坂、八尾から大東あたりまでが東大坂と定となる。


 つまり、摂津・河内・和泉に跨る大坂府は東西南北へ分割された。それまで、北と南の区分が曖昧なため、幾度となく線引きされた結果だ。


 これは、将来近代化したとき、東西南北がそのまま自治体となり、特に北大坂を大坂府の中心地へ導き、発展させるための布石である。


 数年前、町奉行所は南北に分離し、行政機構も刷新されていたが、新たに東と南も加わった。幸田広之は精巧な地図と現代の知識から、都市開発計画を構想し、ようやく本格化する。


 これは、竹原の人脈により都市工学の専門家へ大阪を白紙とする前提で、グランドデザインされたものが土台だ。大坂府構想が走り出すまでには様々な段階を得ている。


 まず、前借金による年季奉公や借金の肩代わりとして売りとばすといった行為の禁止。移動の自由などを法的に整理した。とりわけ移動の自由は画期的だ。


 これまで、農民が義務を果たさず逃げるのは難しかった。しかし、支配的な層が土地から出ようとする農民を力付くて防いだり、他の者へ弁済させることは厳しく罰せられる。 


 このため、高い年貢を取ったり、厳しい賦役など課せば、農民は逃げ出してしまう。武士の特権的立場は大幅に縮小され、気分ひとつで殺したり、年貢を納めない村へ容赦せず、などといった話は過去形となりつつある。


 昨今では足軽のなり手も少ない。世の中、好景気で仕事はいくらでもある。それらは足軽より稼げるのだ。強要しなければ、低賃金・低待遇で集まる道理がない。


 もはや常雇いの足軽は少なく、用事のある時だけ臨時で雇う。それも、下手な武士(上士)より、銭がかかる。こうなると、武士を辞めて町人になる者も続出。


 無論、織田信孝や幸田広之にとっては計算通りだ。いずれ武士は純粋な軍人と文官に別けてしまう。軍人は幕府直轄で、文官は単なる役人だ。大名家は地方自治体や企業になってもらう(現代でいえば)。


 そのような過渡期を迎えつつある日本で東京と並ぶ二大都市の大坂へ迷い込んだ異国人が居た。トスカーナ大公フェルディナンド1世の姪、マリア・デ・メディチと侍女たちだ。


 マリアたちは着工予定の屋敷が完成するまで迎賓館にて暮らす。トスカーナ大公国は幕府と正式な条約を結ばず、秘密協定のような形となった。


 そのため、公使館は設置せず、あくまでマリアの私邸という扱いだ。実際はマリアが事実上のトスカーナ大公国在日公使であり、メディチ銀行の支店も併設される。迎賓館の外へ出ることがようやく許可され、足繁く尾張堀(道頓堀)界隈へ通うのであった。


「マリア様、大坂は繁栄してはいても、ローマと比べたら大きく見劣りします」


「アデリーナ、貴方は相変わらずね。日本は夏場暑く、冬は寒いのです。特に夏はうだるような暑さで、湿気が多いとか。その上、木が豊富なのですから、かような建物となりましょう。欧州のような建物では夏場死んでしまいます」


「つまり、夏場を前提としてるわけでございますね」


「そういうことです。木の家で湿気があれば長い年月持ちません。また、木は火事に弱く、この国は大きな地震が多いそうですよ。まあ、それは置いといて、お茶でも飲みましょう」


「マリア様、あの店は茶店のようです。田舎の家みたいで面白そうではございませぬか」


 マリアたちは、田舎の古民家をモチーフにした茶荘へ入った。すべて個室で掘りごたつ式の囲炉裏がある。焙じ茶ラテや和菓子の盛り合わせを注文した。和菓子は、どら焼、五家宝、葛餅、見た目に美しい練り切り類数種などが並ぶ。


「この菓子ときたら、どれも見た目が綺麗ね」


「マリア様、米や豆でこれだけのものを作るとは驚きますね。豆を甘くするなんて、イタリアで考えられませぬ」


「我々が麦で何でも作るのと同じこと。日本人は米を使い何でも作るのでしょう」


「そういえばマリア様、日本の暦ではもうじきクリスマス。年に2回もクリスマスですよ」


「アブラギータから聞いた話では幕府が24日にキリスト教徒へ特別な食事を出すとか……」


「一体、何が出るのでしょうか?」


「何でも、イエス様が食べていたであろうものを再現するという話です。魚の燻製や揚げ物、豆、オリーブ、チーズ、アラビア風のパン、ワインとからしいわね」


 少し、がっかりするアデリーナであった。このあと一行は、いよいよ食事しに茶荘を出て、ある店へ向かう。






 

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