第194話 朝鮮の迷走
朝鮮半島は中華王朝、高句麗、ヤマト王権(倭=日本)という勢力に翻弄される時代を経て李成桂が高麗王位を簒奪。その時、明国の洪武帝から選んでもらった国号が朝鮮(和寧という候補もあった)である。
三国時代から長い年月の末、国号まで宗主国に委ね、中華王朝へ隷属する小中華としての地位を確立。ちなみに宗主国である明国は朝鮮李朝の数十年前、農民上がりの朱元璋が建国。
宋以降、契丹、女直、蒙古を経て、明朝が元朝を北原へ追い出す。こうして360年振りに半島王朝(当時は高麗)は漢族系王朝を宗主国とする。李朝は儒教に昏倒しつつ小中華に磨きを掛ける。
そんな朝鮮の国王である李昖(宣祖)は頭を抱えていた。明国使節団を率いる内閣大学士の王錫爵は領議政李山海と左議政柳成龍へこともなげに言い放ったのだ。 朝鮮国と日本国の外交や紛争に明国は一切介入しないと……。
いまや、女直三部(海西、建州、野人)は清州と名乗り一体化。その上、遼東を日本が支配しているなら、いつ攻められてもおかしくない。
かつての遼や金と同様、朝鮮にとっては脅威であり、最悪の状況だ。まさに四面楚歌である。南北から挟撃された上、海上から仁川へ上陸を許せば、滅亡してもおかしくない。
危機的な状況下、朝廷においては領議政李山海と左議政柳成龍が同じ東人でありながら激しく対立。当初は柳成龍も責任を問われる立場であった。しかし、後の南人派をまとめあげると、不毛な権力党争が展開されたのである。
「貴公は我が国の軍備で遼東、オランケ、蒙古の兵に勝てるとでも思うのか。島オランケ(日本を指している)の倭奴共も南から押し寄せて来るのじゃぞ。蛮族ゆえ、獰猛で野蛮な連中を相手に……」
「山海殿、誰も正面から戦うとは申しておりませぬ。このまま明国朝廷が黙ってる事はないはず。明国が反撃へ転じるまで時を稼ぐまでの事。それまでは豆満江と鴨緑江、仁川、釜山などの備えを固めるのです。さらに明国の反撃が開始されたら義州より北上して遼東へ攻めこむ。さすれば倭賊やオランケ共が逃げ惑うのは必定」
「貴公(柳成龍)も王錫爵様から島オランケとの条約内容を聞いたであろう。そもそも東海の果ての小島に住む蛮夷への使者として内閣大学士が赴くなぞ、異例の事。最も、気に留めなければならぬのは租借地の件じゃ。島オランケは莫大な額の金や銀を支払うだけでなく、貿易や租借地の普請に対しても同様の額を注ぎ込む事を約束しているという。つまり、もはや敵対でなく、相互に利益を得る間柄となっておれば、如何いたす。場合によっては明国からも攻められようぞ」
「これは領議政を務める人物の言葉とは思えませぬな。明国から攻められるなどと軽々しく口にするとは嘆かわしい。山海殿は宗主たる明国を裏切り、島オランケの倭奴如きに売国でもなされるのか」
「その島オランケを討伐せよなどと王錫爵様は命じなかった。つまりは戦うな、といってるに等しい。されば、時が満ちるまでは軽挙妄動を慎み、宗主国同様一定の妥協は致し方のないところ。先ずは釜山での貿易を認めるくらいで済ませるべきであろう」
「倭寇や三浦の乱(西暦1510年。在朝鮮日本人居留民による争乱)をお忘れになられたか。愚かな島オランケ共が納得するはずもありませぬ。少しでも妥協すれば、増長するばかり」
「貴公の忠義と理念はよい。しかし、事態を抑え込める道理が足りぬ。先ずは瀋陽と北京に使者を送る。また対馬からも島オランケの詳細な話を聞き、いかなる者たちなのか調べ、交渉はそれからじゃ」
「蛮族に屈服するといってるも同然ではござりませぬか」
「宗主国は長年、北虜南倭に苦しめられてきた。あの長城(万里の長城)とて北の蛮族を防ぐためじゃ。莫大な費用が掛かる。然るに北辺と海上を抑えた島オランケと戦えば、ますます国は傾く。なれば貿易をしつつ、島オランケに長城の外を守らせるという事であろう。冊封ではない形で共存の道を考えておられるように思える」
「然様な話、両班の多くは納得するはずもありませぬぞ。先祖伝来の土地を守らねば面目が立ちませぬ」
「それなら、先の高麗は元、金、遼と次々に主を変えておった。先祖はそのようにいつの世でも生きてきたのではないか」
「おのれ、この売国奴が……。先祖を愚弄するとは」
こうして東人は分裂し、柳成龍が優勢となった。民衆の間でも李山海の責任を問い、倭賊打つべしとの声が溢れかえった結果、程なくして李山海は領議政を更迭され、後釜に就いたは柳成龍である。
柳成龍は、主戦論により慎重論を説く政敵李山海を追い落とした。領議政となり、水軍および鴨緑江や豆満江沿いの防備強化を命じたのである。まだ釜山の倭館も閉鎖する事を決定。
日本の意図は、領土割譲や貿易でなく、半島封鎖を目論んでいた。鎖国により、銀や銅が入手出来なくなれば経済的影響は計り知れない。軍事費の増大は財政悪化となり、民衆の負担になろう。
その間も延々と党争は続くのであろうか?
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