第115話 丹羽長秀、日本海を北上する
沿海州の黒竜江河口を目指す丹羽長秀たち幕府の大艦隊はいわゆる地乗り航法ではなく沖乗り航法にて進んでいた。
地乗りは陸地の高い山などを目印にするもので、沖乗りは読んで字の如く。
現在、幕府が用いる艦船は竜骨が無いタイプと竜骨はあるが和船やジャンクの特性を備えたタイプ。さらにジャンク船とガレオン船の4種類あった。
ジャンク船は台湾で明国の船大工たちに作らせたものだ。
主流となっているのは竜骨がないタイプで幕末に作られた三国丸をイメージしたものである。和船、ジャンク船、西洋船の特徴を併せ持っていた。
本家の三国丸は冬季の日本海も安全に航行可能な船と期待されたが、就航3年目で暴風のため破船になっている。以後、同型の船は建造されず終い。
そこで幸田広之監修の下、新たに(この時代では初めてだが)三国丸を大幅に改良した艦船の開発すべく取り組んできた。
今回、長秀たちが乗っているのは第二期型の改良版で日本海の冬季運用を前提としており、万全の仕上がりだ。
幕府の抱える船大工の中にはポルトガル人、イスパニア人、イングランド人(カトリック信者)、イタリア人など数名居て、彼らの協力が大きい。
商船で来日した欧州人の中にはそのまま日本へ移住する者も少なからず居た。航海の指導、西洋船建築、西洋建築などへ携わり、破格の待遇が保証されている。
神戸に異国人の居住区が作られており、西洋人、明国人、朝鮮人、呂宋人、越人、シャム人、マレー人、琉球人、アイヌ人などおよそ800人ほどが暮らしていた。
もっとも多いのは明国人で学者、職人、商人などである。倭寇上がりの明国商人は本拠を神戸に置き、台湾、呂宋、月港、アユタヤなどに拠点を設けていた。
日本での貿易が現在出来ないため、幕府のはからいにより、日本国内の貿易や問屋業務へ従事。さらに各拠点ごとに貿易を行っている。月港では明から許可証を貰い、出港するかたわら、台湾の拠点で対明密貿易をしていた。
蛇頭のような業務も行いつつ、幕府の依頼で現地(明国)の手下は各城市や街道の詳細を調べ幕府に報告している。
朝鮮人も対馬の宗氏を通じ、亡命した数十名ほど居た。こちらも学者や職人の他、両班や僧侶などだ。大抵は過酷な扱いや讒言により身の危険を感じ逃げてきた者たちである。
さて、新三国丸改良型というべき船の特徴だが、航行性に優れ逆風帆走や水密甲板を備えており荒天時も強い。
「大納言様(丹羽長秀)、しかし陸も見えず夜間も進むとは恐ろしき船ですな」
長秀を囲み酒を飲んでいた最上義光が話しかける。
「幕府の船はかようなものじゃ。逆風であろうが進むし、夜でもお構い無し。ただ扱いが厄介。船は作れても船頭が足りぬ。陸を見て進む船は遅れてくる」
「彼の地に居ります我が主君も皆様方が駆けつけたらさぞかし驚かれるはず。しかし荷物の数たるや凄まじいですな」
「これくらいで驚くのは早いぞ助左(片桐直盛)。左衛門めの人使いは亡き安土の上様(織田信長)より荒いからのう。いずれ東の果てにある新亜州(米国大陸)まで遠征させる気じゃからな。2500里(約1万km)もあるらしいぞ。海の中を2ヶ月から4ヶ月も進み、水は飲めなくなる。水が無くなったら雨水貯めたり酒を飲む他ない。嵐の時は煮炊きも出来ぬゆえ、干飯や麦粉の煎餅を食べるとか……」
「2500里とはあまりにも遠いですな」
「その時はその時じゃ。2500里に比べたらこたびはまだ近い。こたび荷物が多いのはホジェンや女直などへ配るためじゃ。彼の地の部族が見たこと無いものや作れないものをくれてやる。そして毛皮を持って越させ、女直へ流れないようにしてしまう。干上がった女直へ物を渡し、我らが傘下へ組み入れる」
「私も商人でございまするが理に叶っておりましょう。広大なうえ産物に乏しい地ゆえ、流れを変えるのは大事。それにより建州のヌルハチとやらの力を弱め、海西と争わせ、割って入る。まことに左衛門殿の鬼謀たるや千里を走るが如し」
「了以殿の言う通りじゃ。あやつは全て見通せるからのぉ」
その頃、北海道では鰊漁や鱈漁が終わりつつあり、十分な賃金を手にした和人やアイヌ達で賑わっていた。
この時代すでに鰊漁や鱈漁は盛んになっており、アイヌも冬場は働いて銭を稼いでいる。農業も和人の指導で本格的に始めたており、狩猟や採集という従来の生活様式から脱却しつつあった。
和人の影響は食生活にも及び、大量に水揚げされる鰊、鱈、ホッケを始め、シシャモ、ハタハタ、秋刀魚、鯖、烏賊なども食べるようになっている。
醤油や味噌󠄀も急速に普及し、鱈汁や粕汁も広まった。和人の間で人気がある鰊の刺し身(塩で一夜漬けにしたものを生で食べる。オランダ名物のハーリングとほぼ同じ)も真似して食べているほどだ。
日本酒を飲みながら肴にシシャモや松前漬けを食べる者さえ居て、和人化しつつあった。
函館や重要拠点の整備、食料の自給体制体制は整いつつあり、アイヌとの共存も順調。今年は大幅な移民を送り、大規模な農地開墾へ取り組む。
北海道は真の意味での春を迎えようとしていた。
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