第26話 信孝と竹子
摂関家から側室を入れる話が頓挫した。五摂家の分家筋から本家へ養女にしたうえで信孝の側室という手はずだったが結局うまく行かなかったのである。
徳川家康の娘督姫はまだ若すぎる。側室になっても子を設けられるまで時間がかかるのは必定。
最終的に蒲生氏郷の妹とら姫が最有力となっている。史実において、とら姫は豊臣秀吉室。
しかし蒲生氏郷に織田信長の娘が嫁いでおり、これ以上の婚姻は一族扱いになってしまう。信孝の重臣にはそれを警戒して反対する者も多い。現時点で一応候補の筆頭になっているが保留状態。
そんなおり五徳が1人で広之の下へやってきた。
「これは五徳様、おひとりとは珍しい」
「あら、御台様や於茶々と一緒でなければ不足かしら」
「いや……そういうつもりではござらぬ」
「それはよいとして御台様からお願いを伝えに来ましてなぁ」
「何でござりましょう」
「上様、御台様、三法師様の御三方で何か美味なものを召し上がりたいとの仰せ」
意外な組み合わせだが三法師は信孝の養子なので一応親子水入らずという形になる。三法師の実母も大坂城に居るわけで不憫な気もする広之だった。
「承知仕りましてござる」
「頼みましてござる」
五徳は少し恥ずかしそうにしながら足早に去って行った。
一方、竹子は部屋で茶々と話していた。
「五徳様大事ないでござりましょうや」
「五徳殿も子供ではあるまいに。広之殿とて悪い気はせぬじゃろうて。五徳殿ほどの美しい
身も蓋もないことまくしたてられ、固まる茶々。そこへ五徳が戻ってきた。
「五徳殿、首尾はいかがじゃ」
「用意するそうです」
「そうでなく、そなたの方じゃ」
「どうなんでしょうか。こんな年増の出戻り後家とかあまり興味ないのでは……」
「そんな弱気で……。泣く子も斬って捨てる織田の姫らしからぬ」
「えっ、どういう意味でござりましょう」
しまった、と思いつつ適当に誤魔化す竹子であった。元々、神戸の領地は伊勢長島に近く、凄絶な一向一揆との戦いにおける印象が強い。つい本音が出てしまう。
しばらく揉める竹子と五徳であった。
数日後、広之は供応のため家臣が集めてきた食材を確認し、お初や哲普に指示を出す。今回は仕込みが大変だ。
前から構想していた“おでん”であった。練り物は薩摩揚げ、はんぺん、がんも。今回、薩摩揚げとがんもを初めて作る。
おでんにした理由は三法師の好みがわからないのと3人で盛り上がるのは厳しいと見て、何となく直感でおでんにした。
がんもの中身は豆腐、ひじき、枝豆、椎茸、
さらに大根、里芋、玉子、椎茸の下茹で。摂津西成郡の村で干瓢を手に入れたから餅巾着も作る。豆腐を揚げて厚揚げも出来た。出汁は昆布と鰹節。醤油はほんの少し。つまり関西風である。
おでんの加減が調度良くなった頃合で3人がやってきた。
「ほう、香りが見事じゃな」
「広之殿まさか煮物……ではあるまいな」
「確かに煮物でござりまする」
「それだけなのですか」
「然様」
「主君に対して失礼なのでは……」
「うんっ……それにしてもうまそうじゃ」
「……香りは確かに」
「お好きなものを自由にお召し上がり下さいませ」
具は大根、里芋、厚揚、豆腐、餅巾着、蛸、 はんぺん、玉子、椎茸、舞茸、薩摩揚げ、がんも。生姜醤油や赤味噌ダレも用意されている。
信孝は舞茸、竹子は厚揚げ、三法師は薩摩揚げを小皿にもらい、それぞれ口にした。
1度口にするや止まらない。3人は次々とお替りしていく。
「流石は左衛門の作るものじゃ。どれもうまいのう。この田楽鍋は……」
田楽豆腐を頻繁に作るから味噌繋がりで田楽鍋か……。おでんが田楽鍋になってしまう心配をする広之であった。
竹子は三法師の世話をしながら切り分けてあげたりている。とても楽しそうだ。
広之は酒におでん出汁を注いで2人に差し出す。いわゆる出汁割りである。2人共一口飲むや顔を見合わせ笑っている。ここから酒のピッチがあがっていった。
「広之殿、五徳にお決めなされ。武士ともあろうものが女子に恥をかかせる気ですか。確かに徳川家でいろいろあって出戻りにせよ……」
竹子は酒が回ってきたのか少し毒舌気味である。
「織田家の血筋ゆえ多少気は荒く、訳ありにせよ、あれほどの者はなかなか居らぬぞ。そなたには惜しいくらいじゃ」
なぜか今日は信孝も毒舌だ。
「少し考えさせて下さいませ。それはそうと上様はいかがなされるので……」
「側室のことか……。摂家は難しくなってのぅ。三河殿も是非娘を、と言うて居るが、まだ子供じゃ。三法師が
「まもなく武家の棟梁足らんとする者がそれでよろしゅうございましょうや」
竹子が口を挟む。
「三法師に弟や妹が居ればとは思うがな」
「もしや私めにお気を遣ってらっしゃるのなら無用。織田家の者は北畠や神戸を田舎武士の公家気取りと馬鹿にしておいでなのは存じておりますが、武家の娘として覚悟はあります」
「そなたが気にすることはない。神戸のこともすまぬとは思うとる」
「私めはもはや織田の者。帰る家などほかにありましょうや。そうじゃ広之殿、もし三法師の弟や妹が生まれたら、そなたは五徳を娶られよ」
妙な展開になり困惑する広之であったが、承諾せざるを得なかった。
「それでは最後に
お初が3人分の茶飯を運んできた。その上に鍋の下で出汁を染み込ませた豆腐を乗せただけのものだが、なぜかとてもうまそうに見える。
おでんを堪能しつつ、楽しい夜を過ごす3人であった。
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