第25話 信孝の真意

 朝晩涼しく日中の暑さも和らいできた。


 そんなおり織田家中へ通達がいくつか出された。『銃刀令』『城廃令』『婚姻令』『検知令』『武家鑑籍令』の五つからなり、後に天正五令と言われるものである。


 織田信長存命時には分国法や家中法度の類は無かった。明智光秀は独自の家中法度と家中軍法を定めていたが例外である。


 これを今川家、武田家、北条家などに比べて遅れていると見るべきか? 


 室町幕府へ従い、後は織田政権と言える状態である以上、不要だったのか……。評価は難しい。


 ただ極度に信長個人が絶対権力化し、家臣は主君の顔色を伺い怯える状況となっていた。それを踏まえ、幕府設立を視野に入れている信孝の織田政権は、試金石として、まずは天正五令を発布。


 銃刀令は公権力以外、例えば農民や寺の武装を認めない。


 城廃令は大名以上の家臣なら居城以外の城を原則破棄(城破しろわり)。さらに城の築城、改修等は必ず認可が必要。


 婚姻令は指定された家臣・陪臣の養子や婚姻はすべて認可が必要。また出生や死去の報告。家督相続の認可。


 検地令は石高を調べ、さらに郷帳、村鑑、国図絵の作成。


 武家鑑籍令は家臣の公式名簿。


 無論、反発もあったが信孝は強行した。主な武将の寿命は大体把握してるので婚姻令は大きな武器になる。


 また城廃令は無数の国人領主が自身の土地から切り離され直属大名の城下へ住まわざるを得ない。


 各令には“弌剣平天下いっけんへいてん”の印判が押された。これは剣一振りで天下を平らげるという意味である。


 天正五令が発布されるともっとも頭を抱えたのは羽柴秀吉である。本能寺の変以降、本来織田家の家臣であっても自身が支配を認められた土地の宛行状あてがいじょうを発給していた。


 織田家に本籍があるにせよ知行を宛行してる方が立場的に強い。着々と大家臣団を形成しつつあったが、婚姻令ならびに武家鑑籍令の意味するところは、それを脅かすものでしかない。


 実際に大坂より監察方の使者と名乗る者が来て細かく調べられ、主要な家臣は婚姻令で言うところの指定された陪臣に定められた。


 羽柴秀長、浅野長吉(長政)、宮部継潤、黒田孝高、蜂須賀正勝、竹中重治、堀尾吉晴、仙石秀久、脇坂安治、神子田みこだ正治などがそうである。


 これらの者は武家鑑籍令の対象者となっており、家中にくさびを打ち込まれたも同然。

 

 監察方の使者曰く織田家中で例外はなく、幕府を建てるにあたっての処置、鎌倉以来の倣い、と秀吉は説明された。心中穏やかならざるものがある。


 さらに懸念しているのは羽柴家は伝統もなく譜代の家臣も居らず、連枝も弱い。信長から養子に秀勝をもらっているが、最近体調優れず、万一のことあらば家督相続に直結する。


 信長なら顔色を伺い、機嫌をとればなんとかなったが、信孝相手にはそうもいかないことを痛切に感じた。


 そのころ大坂では天正五令や幕府の体制について協議すべく、池田恒興、中川清正、高山重友、細川忠興が集まっていた。


 大方の話が片付き、4人が揃う最後の晩、幸田広之の屋敷で宴が催されることになり、準備を進めていた。しかし昼過ぎ状況は一変する。


 なんと25kgほどのクロマグロが入手出来たのだ。紀伊水道から湾内に進入してくるマグロが居るらしい。このくらいの大きさなら普段大きめの魚を捌く包丁でも対処出来る。


 献立のメイン変更とあって時間に余裕がなくなってしまったが、何とか間に合った。しかし作業中、五徳と茶々がなぜか見物しており、毒見だとか言っては台所で食べている。


 そして信孝、孝之、恒興、清秀、重友、忠興の5人が掘りごたつ式の囲炉裏端に集まった。


 スッポンの出汁と肉に餅が入った茶碗蒸し、鮪(クロマグロ)のぬた、鱧落とし、鱧の吸い物などが出される。


「皆遠慮無用じゃ。堅苦しい饗応とは違う。好きにやってくだされ」


 信孝はそう言いつつ酒を飲み干す。ほかの5人は軽く頭を下げると続いて酒を飲み干した。


 恒興が茶碗蒸しを食い驚く。


「ほう、これは……。以前、広之殿に茶碗蒸しは馳走になったが、これは格別じゃな。スッポンの出汁が体に沁み渡るわい。餅もたまらんな」


「まことでござるか。それでは儂も……。むぅっ、これはまさしくスッポンじゃ。スッポンの味がする」


 清秀も喜んで食べている。


 ほかの4人も口を付けるや感嘆の声。


 鮪のぬたも好評だ。軽く炙った鮪に玉味噌がよく合う。この玉味噌は麹を贅沢に使った味噌、味醂、酒、砂糖、卵黄などを丹念に湯煎したものである。 


 玉味噌や“たまもと”については広之が取材で知り合い、仲良くなった京割烹の料理長直伝なだけにプロ並の味。全員、玉味噌の味わいを絶賛した。


 鱧落としや鱧の吸い物も評判は上々。


 さらに田楽や五平餅も焼かれている。


 頃合いを見て広之は鍋に軽く炙って中身はレアの鮪と焼いた葱を入れた。軽く馴染ませると全員に取り分ける。軽く柚子が添えられた。


「これは初めて食ったが酒に合うのぉ」


 清秀が好きそうな料理だと思ったけど、やはり喜んでいる。酒が止まらなくなったようだ。


 そして本来無口な信孝が思い出したように口を開く。


「そうそう左衛門よ……そちは五徳殿とよい仲なのか」


「誰が然様なことを……」


「竹子(本来、そのような呼び方はしない)が申しておったぞ。仲良くお似合いじゃから一緒にさせろとか、まあ仮にそうなのであれば良いのではないか。五徳殿はなかなかの器量人だし、あの通りの美貌じゃ。徳川家で子も2人産み体も丈夫」


 一同、それは羨ましいなどと言ってる。


「どうした、遠慮しておるのか、それとも不服なのか」


「滅相もござりませぬ。ただ御台様とかようなお話されることもあるとは意外」


「話すことはあまり無かったが急に向こうからではあるな。少し人が変わったようじゃ。ここで次に招かれるのを楽しみにしておったぞ。儂からも是非頼む。これまで、あやつの笑った顔など見たこともなかった。子供の時分からな……。うまい食い物や楽しき宴には人の心を癒す力があるのじゃろうな」


 そのあと信孝は子孫繁栄を語りつつ、竹子との間に子を設けなかった真意を語りだした。


「子を作ろうとは試みた。そして1度女児が産まれたのじゃが直ぐに亡くなってしまってのぅ。あやつの落ち込んだ様や体のことおもんばかり、それ以来子を設けるの諦めた。あやつの身が最善……」


 そういう経緯があったのか……と驚く広之であった。だが心底嫌いでなく安心するのだった。

 

 隣の部屋で余った料理に舌鼓を打ちながら話を聞いている五徳と茶々も互いに目を合わせながら、何か話していた。

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