第219話 真夏のトマト料理(後編)

 広之にしてもアメリケーヌソースはかなり不安だった。この時代の日本人には想像もつかない味である。ふた口程度の少量だから食べれるにしても違和感はあるだろうと思ってたが、予想外ともいえる好評だ。それでも、味噌味の方がテリーヌに合うという意見もあった。


 次にチキンカチャトーラが登場。ひと口大の鶏腿肉をブライン液に漬けた後、水気を取りのぞき、小麦粉をまぶす。それを多めの油で皮から焼き、一旦火からおろして休ませた。


 鍋に玉葱と金時人参のみじん切りを入れて弱火で炒め、焼酎、ヴイヨン、小口大のトマト、トマトピューレ、先程取り出した鶏肉などが入る。蓋をした後、弱火で煮て、仕上げに塩胡椒とオリーブオイルが加えられ完成だ。


 これは広之の自信作であり、違和感は少ないと見ている。極力、余計な事をしていない。トマトピューレも少量であり、程よいトマトの風味が堪能出来る。バターやチーズも使わない直球勝負だ。


「茶々殿、お味の程は如何に……」


「これは鶏の良い食べ方ですなぁ。旬の野菜を沢山入れても良いし、味を濃くすればお米にも合いましょう」


 アブラギータにも感想を聞くと、トマトを入れずにワインとハーブを加えればイタリアの料理みたいだ、などという。まさに、その通りだ。本来はイタリア料理である。


 全員、多少の温度差あれ、美味しいといっており、合格であろう。続いて、ミラノ風カツレツだ。


「アブラギータよ、そなたの故郷でコトレッタ(コートレット)という料理があるそうだな。これはコトレッタ・アッラ・ジャポネーゼとしておこうかな」


「おお何てこった〜。殿様、コトレッタ何故知ってるでありま〜す」


「様々な国の料理を調べておるからな」


 いわゆるミラノ風カツレツはコトレッタ・アッラ・ミラネーゼであり、ミラノの名を冠した有名料理だ。アブラギータ・フトッテーラはイタリア北部のロンバルディア出身であり、13世紀発祥といわれる、この料理を知っていても不思議ではない。

 

 今回、出されたミラノ風カツレツは豚ロースをブライン液に漬け、軽く小麦粉まぶし卵多めのバッター液へくぐらせ、パン粉が付けられている。たっぷりのバターで炒め、切った後に、トマトや玉葱のみじん切りへオリーブオイルやバルサミコ酢もどきが加えられたソースがのせられていた。


 カツレツ自体はくどいが、トマトソースの酸味や甘さが中和しており、これも食べれるだろうと広之は踏んでいた。実際にハーフサイズの量だが、皆完食している。さらに、トマトのアクアパッツァが出された。


 鯛丸ごとである。トマト味だが、これも上品にまとめており、海鮮の風味が漂う。浅蜊、夏牡蠣、真蛸も入っている豪華版だ。切ってから半日程、日陰で干したフィオレンティーノ種のトマトも軽く炙ってから加えられており、見るからに美味しそうである。付女中が手早く取り分けていく。そして、全員がおもむろに食べ始めた。


「左衛門殿、これまでトマトの入ってないものは何度も頂いておりますが、これも中々のもの……。実に贅沢な代物」


「五徳殿、鯛と牡蠣を食べましたが、欧州胡瓜(ズッキーニ)と茄子が出汁を吸って堪えられませぬぞ」


 広之がそういうと、ズッキーニを既に食べていた茶々が少し得意気だ。アブラギータは既にお替りしている。しばらくして、ラタトゥイユとポルペッティーニ(イタリア風肉だんご)が出された。


 ラタトゥイユは本来であればフランスのプロヴァンス地方を代表する料理だ。茄子、ズッキーニ、パプリカ、セロリをトマト味で煮込み冷ましてある。今回は箸休め的な存在だが、作り方によってはメインでも使える汎用性の高い料理といえよう。


 ポルペッティーニは豚の肉団子をオリーブオイルで炒めトマトソースにて軽く煮込んだ物だ。これも比較的シンプルに作っている。やはり、一同ラタトゥイユから食べ始めつつ、肉団子へ移行。


 初はラタトゥイユの茄子を肉団子にのせて食べている。やはりというか、アブラギータはトマトさえ使わなければ故郷のマンマが作る味だとか驚いているが、そりゃそうだろう。


 食べ終わったところで、リゾットが出される。トマト味のリゾットだがパルミジャーノ・レッジャーノとゴルゴンゾーラ、さらにはバターも入っており少しくどい。それを抑えるため浅蜊の出汁が使われ、さらにほおずきの身(ピューレ状)も上にのせられている。


 広之が現代でよく行ってたイタリアンのシェフから教えてもらった秘伝のテクニックだ。先ず、浅蜊がチーズの味わいを引き出す。さらにほおずきはチーズ特有の癖と濃さを和らげるという日本的な足し算、引き算の極致だ。


 これまでにもリゾットは出しているだけに、あっという間に消えた。そしてチーズタッカルビとカムジャチャグリ(じゃが芋と豚肉の旨辛煮)が真打ちとして登場。本来と異なりトマト味となり、幸田家特製のコチュジャンも使われている。


 チーズタッカルビはお馴染みであろうが、カムジャチャグリは日本人あまり聞かない料理のはず。忠清道(チュンチョンド)の郷土料理であり、広之が転移する前、本場風の韓国料理屋で結構流行っていた。


 今回は、じゃが芋、玉葱、ズッキーニ、ニンニクと豚肉を炒めて、コチュジャン、唐辛子、すり下ろしニンニク、砂糖、醤油、トマトピューレを加え似ている。ご飯泥棒みたいな料理だ。ここまで、少量とはいえ相当の料理が出されているが、米も出された。


 予想通り、女直の3人は口に合うようで勢いが違う。他の者も満腹のはずだが、箸は止まらない。これまで飲んでいなかった酒を飲み始め、酒盛りへ移行する。


 トマト尽くしの試食会は大好評であった。

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