第23話 大坂城奥の院

 最近、幸田広之のところへ意味もなく竹子(信孝正室)がやってくる。時には茶々(史実における淀君)や五徳おごとく(故徳川信康の正室)を伴っており、圧力が凄い。借金の取り立てなみの迫力だ。


 ようは側室の話がどうなっているのか。あるいは正室を廃室のうえ継室にするのでは、などといったことを知りたいらしい。


 五徳が暴れ、茶々がなだめつつ食い下がってくる。かなり完成された連携だ。ベタな昭和の暴力団に近い。


「儂の若い衆は血の気が多いさかい……」

「親父に恥かかせたら埋めてまうど」

「せやけど兄貴、こいつらも好きで……」 


  例えればこんな具合である。3人ともそうとうな美人であるが、竹子はリベラル系活動家風、五徳はヤリ手の女子アナ風、茶々は看板キャバ嬢風(現代で言えば女子中高生くらいではあるが)。


 3人の後ろに男はすべて敵とか言い出しそうな紅衛兵じみたお付きが沢山居るし。


 竹子が浅井三姉妹を気にかけているのは前から知っていた。最近は本能寺の変後、織田信雄に保護されていた五徳も抱き込んだ様子。織田信長と織田信孝による被害者の会同士で共感するものがあるのだろう。


 竹子に従えている神戸家出身の者からすれば信孝が信長の後継者となる事態は想定外もいいところ。このままでは竹子が実家に送り返され父具盛共々いつ暗殺されてもおかしくない。


 信孝の家臣からは腫れ物に触るような扱いを受けている。幸田孝之も信孝の傅役として神戸家に来たわけで、竹子はよく思っていない。


 そもそも具盛とて、織田家から来た婿養子をぞんざいに扱うはずもない。しかも相手は子供だ。言いがかりで具盛を追い出すのは最初から予定通りだったのだろう。重臣も沢山殺された。


 広之については孝之の従兄弟とは聞いているがほかの信孝家臣とかなり違う。そもそも武士という感じではない。しかし、他の誰よりも信孝に近いと言われている。

 

 近いどころか2人は衆道の間柄という噂さえ流れている。竹子は1度、自身の女中でもっとも容姿に優れた者を使って誘惑させたがまんざらでもなかったらしく、衆道か確信持てない。


 ともかく広之が家中に現れて以降、信孝の性格は少し変わった様子。さらに大坂城へ自身が来てからも食事など扱いがよくなった。竹子は何ならかの関係があると睨んでいる。


「これは皆さま、いかがなされましか」


「左衛門殿、石鹸とやらを於茶々(武士同様に諱を呼ばないが作中では女性の場合使用)に贈ってるそうじゃなぁ。妾や五徳殿とはえらい違いよのう。しかも伴天連が持ってくるものより香りが良いとか」


「普通はまず御台様へお届けするのが礼儀でしょうに」


「いや、その……。あれはまだ試しているだけでこざいましたもので、ご容赦くださりませ」


「なんと……。不十分やものを於茶々に使わせるとは、まことに無礼な」


 役割として五徳が噛みついてくる。


「ご無礼、ご容赦のほど。先日、豆乳とヨモギの石鹸を作ったばかりにて……。於茶々様にお届けしようと思っておりましたが不十分ゆえ、失礼とあらば致し方ありませぬな」


「豆乳とヨモギ…。まあ無礼ではありますが、妾と五徳姫にも贈って寄越しなさい。試してつかわす。それと沈丁花のも」


「ははっ、有難き仰せ。しかと承りましてござりまする。蜂蜜と蘆薈(アロエ)もありますので、そちらもご一緒にお届け致しまする」


「それはよいとして、そちは武士であるにもかかわらずいつも美味なるものを食してるそうじゃの。丹羽家、中川家、蒲生家に居る五徳殿の姉妹らが申してるそうな」


「中川家に居る妹の話では瀬兵衛殿が入り浸ってるとか」


「まあ、そんな美味なるものを殿方だけでお召し上がるとは意地の悪い。妾はともかく御台様や五徳様にお召し頂くべきでしょうなぁ」


 竹子や五徳へのヨイショを入れつつ、押してくるあたりさすがは茶々でる。


「承知致しました。明後日お越し頂ければおもてなしさせて頂きまする」


「よい心掛けじゃ。そちに免じて来るとしましょう」


 そう言うと竹子たちは去った。


 女性陣の情報ネットワーク恐るべし。


 池田恒興の嫡子である元助は三法師の外叔父だったりする。三法師の父である織田信忠の側室鈴姫と元助の継室は姉妹という関係なのだ。


 さらに元助の弟である輝政の正室糸姫は中川清秀の娘だったりする。そのうえ清秀の嫡子秀政は正室がなんと信長の娘である鶴姫。


 蒲生氏郷の正室は信長の娘であるが、本能寺の変後に別の娘を養っている。


 現在、大坂城には信孝の母親と正室、三法師の母、浅井三姉妹。信長の娘では五徳をはじめ6人。また蒲生家や中川家の3人は大坂城奥の院グループと相応に関係を保っている。


 どうも信孝の母と竹子がかなりバチバチらしい。竹子派には五徳や浅井三姉妹が居るとか。まさに大奥の世界だ。


 目眩を抑えつつ献立を考える広之であった。

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