第22話 織田家の事情

 幸田広之は頭を抱えていた。主君である織田信孝のことだ。織田とは名乗っているが伊勢国人神戸具盛かんべとももりの婿養子。


 無論、いまさら神戸は問題ではないが正室は具盛の娘竹子(鈴与姫)だ。義父や神戸の一族筋などと仲はよくない。


 かつて信長が信孝を蔑ろにする具盛を日野城の蒲生賢秀へ預けた。つまり強制隠居である。信孝の家督相続に反対した神戸の一族・重臣の多くを殺害。


 ようするに戦国時代の常套手段とも言えるお家乗っ取りである。信孝の四国遠征(幻に終わった方)にあたり、具盛は許され神戸城そばの城を隠居地として与えられた。


 このような経緯があるので、伊勢の所領2郡を織田信雄へ譲渡するのは都合がよく、このとき神戸家の家臣(信孝の婿養子前からの家臣)大半を所領に返した。神戸家旧臣の多くはそのまま信雄の家臣となっている。


 この辺の所業は外部から見えにくい。信孝といえど決して聖人君子ではなく因果の清算に苦悩している。


 ちなみに具盛の妻は蒲生貞秀(氏郷の祖父)の娘であり、賢秀とは義兄弟の間柄。つまり信孝と氏郷は義従兄弟。さらに氏郷は信長の実娘を正室としている。その線だと義兄弟であり、誰が見ても信孝と氏郷は近い。


 結局、信雄が前田利家や金森長近との戦いで亡くなり、生き残った神戸家旧臣は毛利秀頼に従った。なかには蒲生家に仕官した者も居る。


 なので蒲生賢秀は岐阜会議で信孝が伊勢の旧領譲渡を知り、今後の事を考え、正式に引退した。具盛との近さを憚ってはばかってのことである。


 柴田勝家が南下してくる前から信孝に誓詞を出しており、指示に従い氏郷は行動した。懸念材料がなくなって、いまや信孝体制の織田家において最大の有望株だ。近江や伊勢の浪人は蒲生家へ士官すべく殺到している。

 


 無論、突如出羽へ現れた氏郷に関する情報を持ち合わせていなかった現地の国人は、それほど信孝や織田家と関係が濃い武将だと知らなかった。


 信孝は意味もなく氏郷を春日山城代にしたわけではない。あえて、そういう人物である氏郷を選んだのだ。


 出羽遠征には森長可も従っているが、本来なら席次は上。氏郷が織田家や信孝と近い関係であるからこそ黙って従った。越後と隣接する滝川一益も氏郷には神経を尖らせている。


 出羽遠征については上杉政繁と直江兼続も従っていた。大宝寺義氏は親上杉であったがゆえ、反上杉の国人と溝があり、そこを最上義光に付け込まれ自刃へ追い込まれているため、複雑な心境だ。


 大宝寺の新当主を認めず討伐。さらに反上杉の国人も大半は処分したが上杉家の立場からすれば複雑な立ち場である。


 また史実における氏郷は蒲生風呂(自ら風呂を炊いて家臣をもてなした)や家臣の多くに蒲生の名字と郷の偏諱を与えている。結果、蒲生家中は蒲生と郷だらけ。将として器量は申し分ない。


 さらに丹羽長秀だ。長秀の妻は織田信広の娘。信広は織田信秀(信長の父)の庶長子である。ようするに信長の異母兄。通常でも信長の義甥だが、いったん養女としており、義理の息子だ。


 ここまでは、まだいい。長秀の嫡子である長重正室も信長の娘だったりする。つまり長重は母と妻が従姉妹なのだ。現代ではまずあり得ない犯罪レベルの重ね方と言える。


 さらに長秀の義弟が蜂屋頼隆。頼隆の正室は長秀の父である丹羽長政の娘。やはりここで終わらない。長秀の子を養子にもらっている。


 信孝からすれば氏郷と長重は義兄弟。ついで長秀も義兄弟。さらに頼隆はもはや長秀の一族同然。


 それは置いといて問題は信孝の正室竹子だ。筋金入りの神戸家旧臣(一応神戸家は存在している)が竹子の身辺を固めている。


 義父(信長)による実父への仕打ちを考えても夫婦仲が良いはずもない。竹子は大坂城に住んでいるが信孝と顔を合わせることも滅多になく、会話もほぼなし。


 いまだ後継者に恵まれていない。これは逆に言えば三法師を養子とするさい都合よかった。しかし天下人となるにあたっては心許こころもとない限り。


 欲を言えば何人か男子がほしい。そこで側室を迎えることが喫緊きっきんの課題となっている。1人は摂関家からほぼ内定しており、ほかにも数人は必要。徳川家康の娘である督姫も有力候補だ。


 さらに織田一族の再編成も必要である。信長の遺児で現在信孝以外は信正(村井貞勝の養子、誠実は信長の兄娘、つまり丹羽長秀の義兄弟)、秀勝(羽柴秀吉の養子)、三吉郎(信秀)、藤十郎(信高)、長丸(信吉)、藤四郎(信貞)、良好(信好)、縁(長次)と8人。兄弟は信包、信照、長益(有楽斎)の3人。


 この状況を考えると、信孝の兄弟は他家へ養子に出すのが最善の処置と言えるだろう。三法師に跡取が出来るまで20年としても、信孝が数人ほど男子を作る必要はある。

 

 織田家の繁殖力に驚く広之であった。

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