第62話 独眼竜政宗と茶々

 先頃、南方へ大船団が出て行った件で幸田広之は色々考えていた。イエズス会からの申し出で宣教師が何人か乗している。それ以外にも明国商船でマカオへ向かった者もおり、大分数が減ってきた。


 表向きは本人たちの意向となっているが本当にそうなのか。貿易と布教のセットを止めろとは1度も言ってない。しかし布教するなら貿易は認めない、と解釈した可能性は大いに有り得る。いや普通はそう考えるだろ。


 布教にこだわり莫大な利益が出る貿易事業を破綻させることは御用宗教団体としては避けたいだろ。不況にしても禁教寸前だと思っているはず。話し合いは不可能だと悟った以上、態度で示すほかない。


 布教を弱めるアピールしつつ譲歩でもしているつもりなのだろうか。もはや布教させないなら貿易はしない、という恫喝は一切効果ないのは理解したはず。


 天下平定以降、少なからず一揆はあったが小規模である。世の中平和になり人口や生産力も格段に増加し、絹や綿も国内で賄える体制が見えてきた。火薬の原料である焔硝も生産しており、売ってもらえなければ困る状況ではない。


 それどころか年々南方へ行く幕府の御用船は増えており、今年は未曾有の規模となった。さらにマニラへ行く船にはイスパニアおよびポルトガル国王であるフェリペ2世への織田信孝よりの親書を持たせている。実際は広之が書いたものだが……。


 内容は国内の問題でポルトガルとの貿易を停止しているが状況の改善次第再開したい意向であり、その際はイスパニアも歓迎する。補給だけなら貿易再開前でも可能。何ならマニラで活動しているフランシスコ会やドミニコ会の日本における布教も問題ない。イエズス会に打診したが、どうも本意ではない様子。なので直接マニラ経由で本件を提案したい。そんな内容である。


 いずれイスパニアからポトシ銀山で産出される銀を一方的に吸い上げるつもりだ。そろそろ交渉は必要であろう。しかし現段階ではイエズス会とポルトガルの貿易権益に対する揺さぶりの要素が大きい。


 イスパニアというかフェリペ2世が食いついてきたら、ポルトガルとの貿易は互角の条件、つまりマカオ、マラッカ、ゴア、リスボンなどへの日本船乗り入れを条件として提示する。飲まなければポルトガルやイエズス会はイスパニアとフェリペ2世に文句を言ってくれ、という話だ。


 入ってきた情報によればイスパニアは昨年イングランドとの海戦で敗れたようである。史実と変わらない。今後、史実より加速する可能性も考えなければならないだろう。


 史実ではオランダのアムステルダム商人による商船隊が初めてアジアへ派遣されたのは1595年。それより早まってもおかしくはない。それまでに先手を打ちたいところではある。


 来夏に大艦隊が戻ってくる時、南方各国、マニラ、琉球から使者を招きたい。その際は大坂で10万人ほど集めて軍事パレードを行う予定だ。


 いろいろ構想を練る広之だったが今日の予定を思い出す。夜に伊達政宗夫婦が訪れる予定となっていた。


 本日は広之夫婦と政宗夫婦だけなので小さな囲炉裏を使う。博多風鶏鍋の用意をしている。出汁は白濁させ、鶏は丸のまま酒を加え弱火にて茹で、ブツ切り。


 鶏のつみれは軟骨が入っておりコリコリ感を楽しめる。他に難波葱、水菜、春菊、椎茸、豆腐、葛切り、きりたんぽ。


 他に松茸の茶碗蒸し、松茸の天ぷら、焼き茄子の煮浸しなど。さらに日本酒好きの政宗へとっておきを用意してある。そうこうしているうちに政宗と茶々が到着。


「ほう左衛門様、これはかしわの香りでござるな。誠にうまそうじゃ。のう茶々」


「左衛門殿の作るものならそれはもう」


「これはたまらぬ。まだ煮えませぬかな」


「藤次郎殿(政宗)、美味に近道無し。しばしまたれよ。ぐつぐつと煮立つ鍋も良いが、このかしわ鍋は弱い火加減でこそ。戦と同じで焦ったら負け」


「厳しいですのう。ならばこの松茸の茶碗蒸しやいかに……。うむ、何ともいえぬ香り」


 政宗は茶碗蒸しを子供のような笑顔で食べる。


「ところで北方のことでござりますが、茶々にも聞いておりますぞ。それがしの出番はまだですかな。言われた通り寒さへ耐えられる衣服、靴、手袋など仰せの物を作り、我が家臣たちは冬場の鍛錬を欠かしておりませぬ」


「されば角倉了以殿が函館で越冬し、来春測量隊を率いて樺太へ行かれます。それに案内を付けて頂けますかな。それと来春の移民ですが、羽前の割当は5千人」


「委細承知。お任せあれ。それはともかく先立つ物が必要でござるな。何かよい話はございませぬか」


「紅花の栽培は順調のようですな。酒、蕎麦、蒟蒻も」


「茶は寒さ故か難しいですのう」


「ならば紅花茶はいかがですかな」


 政宗の目が輝いた。蕎麦は大坂で蕎麦切りを食べ好物となり、領内に広めている。蒟蒻も広之の屋敷で食べた味噌蒟蒻がうまいので栽培を奨励した。


「それは、どのようなもので……」


「何、紅花の花弁と種を焙煎したもので香りとほのかな甘み。どちらかといえば薬ですかな。不妊、便秘、腹下し、体の冷え、血の巡り、肌などに効きますぞ」


「左衛門殿はそういった事については医者より詳しいですからな」


「五徳様、そう言えばこの間頂いた紅い石鹸はもしや紅花では……」


「然様じゃ。左衛門殿が乾燥した紅花で作られたせたもの。肌に良いというでのぅ」


「これは良い話を聞いた。さっそく紅花茶と紅花蕎麦に取り掛かりましょうや」


「さあ頃合いがよろしいですぞ」


 広之がそう言うと五徳が皆に鶏鍋をよそう。


「これはうますぎる」


「米沢殿、これはのうかしわの余分な脂を十分落としつつつ酒で本来の味を引き出してるのじゃ」


 五徳が得意気に説明する。


 さらに、お初が土瓶を待ってきた。


「藤次郎殿、これを酒に注いでお飲みなされ」


「中に松茸と昆布が入っておりますな。それでは……」


 一口飲んで政宗は悶絶している。


 五徳と茶々も飲んで旨さに笑みがこぼれた。その間、広之は鍋にきりたんぽを入れている。


「さっ、これを」


「たまにいただく米を棒に巻き、焼いたやつですな。ううむ、これは香ばしい上、かしわの出汁を吸っていい塩梅じゃ」


 こうして秋の夜は続く。






 


 

 

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