第63話 火付盗賊野盗改方
現在も大坂の町奉行は名目上幸田孝之が務め、実際の業務は家臣によって行われている。これは織田家内の対応であるが、公儀により大坂の町で治安管理に動いている男が居た。
――いつの世にも悪は絶えない。その頃、織田幕府は火付盗賊野党改方という特別警察を設けていた。凶悪な賊の群れを容赦なく取り締まる為である。独自の機動性を与えられた、この火付盗賊野盗改方の長官こそ長谷川藤五郎、人呼んで鬼の藤五郎。
長谷川秀一(藤五郎)は西国への遠征で地味ながら実力を示し、丹後一国を拝領。元来、織田信長の小姓上がりで、主に奉行といった裏方を努めてきた。
上意下達的な任務遂行に長けた人物と言える。それを見込み幕府総裁の幸田広之は火付盗賊野党改方長官に指名。大坂の治安保全のための組織で総裁直轄。
町奉行所は時代劇のように犯罪捜査ばかりしているわけではなく本来は都庁のようなものだ。そうなれば同心たちの権限も強力なものであり、町衆との結びつきが強い。つまり癒着関係にも発展する。
現在、大坂は景気がよく余所者の流入も極めて多い。火付盗賊改方ではなく野党が付いてるが、これは牢人や織田家中の部屋住みなどの徒党を指している。そのため、より強い立場で取り締まるための犯罪捜査専門組織が火付盗賊野党改方だ。
同心は主に織田家直臣の次男や三男が採用され、盗賊、殺人、賭博、放火、明白な人身売買等を取り締まるため、日夜役務に励んでいる。賄賂が一切通用しない組織として非常に恐れられていた。
最近、大坂では茶問屋の阿波屋が賊に押し入られ家人もろとも惨殺。蔵から金銀や銭が奪われるという事件の話で持ち切りだった。火付盗賊野党改方は第2の阿波屋が出ないよう必死の捜査に明け暮れている。
阿波屋は良心的な商売で評判もよく同業者や辞めた奉公人の可能性は低い。それでも辞めた奉公人や阿波屋の主人がよく通っていた茶楼(怪しい店)のお気に入りなども洗いつつ、町中で聞き込みを繰り広げた。
そんなおり、長谷川藤五郎の密偵である河内の彦八が生國魂神社に参拝した際、かつて一緒に働いていた盗っ人の赤鼻の与平を目撃。
彦八の親分だった不知火の仁瓶が引退したあと一味は解散。その後、彦八は本格盗賊である仁瓶の教えに従い「人を殺めぬこと、女を手込めにせぬこと、盗まれて難儀をする者へは手を出さぬこと」という掟を守りながら独り働きをしていた。
火付盗賊野党改方に捕縛された際、人柄を見込んだ藤五郎から罪を免じるかわりに密偵となるよう諭され、以来危険な任務をこなしている。
赤鼻の与平は掟を破り、お務めの際、奉公人を殺してしまい破門となった。気になった彦八は与平の後を付けたところ金回りが良い。その後も尾行を続け判明したのは少し前まで借金を重ね、長屋の家賃を滞納していたのが、阿波屋の事件から数日後いずれも支払っている。
いよいよ怪しいという事になり藤五郎に報告した。数日後、藤五郎は彦八、同じく密偵の大房の久米六、“おまき”たちを行きつけの軍鶏鍋屋伍鉄に集めた。
具は軍鶏、豆腐、九条葱、水菜、牛蒡。昆布出汁に醤油、味醂、砂糖で味付けし、具を入れる。
「おおう、みんな遠慮は要らぬ、さあ飲め飲め」
「お頭、それじゃ遠慮なく一杯いかせて頂きやす」
「まあ彦八さんたら、本当にお酒が好きなんだから」
「おまき、お前も飲め。ところでな彦八、今回は大手柄かも知れぬぞ。与力や同心にあたらせたが、お前さんも知っている不知火の仁瓶の右腕だった狐目の吉蔵を天満で見たという者が居ってな。盗人宿を見つけ出した」
「あの吉蔵ですかい。そういや与平とは同じ郷里で幼馴染みだったな。あいつら繫がってやがったのか」
「然様じゃ。吉蔵は仁瓶が引退するとき跡目を継がせず一味を解散させたことに不満持って、かつての仲間集めたというところだろうな」
「あの野郎。盗っ人の風上にも置けねえ。畜生働きなんかして仁瓶親分の顔に泥を塗りやがって」
「まあ、そう興奮するな。今は内偵中だ。そのうち尻尾を掴んでやる。まずは、さあ軍鶏を食え」
それから半月後、吉蔵一味が盗んだ金や銀に銅銭を船で運び出そうとしていた。動きを把握していた火付盗賊野党改方が急襲し、一味は捕縛。
織田幕府において犯罪の罰として死刑は無い。しかし正当防衛は認められている。結果、歯向かった者数名が討ち取られた。首謀者の吉蔵は白状し、市中引き回しの上、島流しの刑を言い渡されたのである。
事件解決後、役宅で広之から差し入れられた塩鰤に舌鼓を打つ長谷川藤五郎であった。
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