第61話 琉球と南方

 秋になり過去最大数の大船団が南方へ向けて大坂を出港した。ちなみに今回のため新造した船は全て黒い塗装を施してある。琉球を経由して台湾(高山から改めた)の北部に拠点を構築するため、約8千人ほど送り込む。


 本願寺門徒、農民、漁民、大工、石工、鍛冶、測量師、医師、商人など様々な人たちが参加。船には食料の他、農作物の種、農具、漁具、工具、薬、油、石鹸、蚊帳、鶏、牛、馬など大量に積んだ。


 さらにマニラ、マカオ、東南アジア諸国へ行く船には各種の産物が積まれている。特に明国向けは煎海鼠、干し鮑、干し帆立、昆布、フカヒレ、干し牡蠣、干し鱈などが大量に積まれていた。


 またイエズス会の宣教師も何人か乗船しており、マカオやマラッカ経由でゴア行きを希望している者さえ居る。日本のイエズス会内部では今後の方針を巡り対立が激しくなっており、非主流派のなかには日本から離脱したいという者が相次いでいたからだ。


 昨今、日本の布教状況が貿易の一時停止に伴い厳しくなり、また幸田広之の圧迫からイエズス会は激しく動揺している結果でもある。今回の大船団派遣にあたり、大陸を亜州、米大陸を新亜州、南蛮を南方、南蛮人を欧州人、蝦夷を北海道に改めた。


 大船団はすべて琉球を経由するわけで、かなりの威嚇にもなるはずだ。そうは言っても征服はしない。当分は中継地として逆らわなければ問題ないという判断だ。


 琉球王国は第二尚氏王統の第7代国王尚寧王による治世下だ。現代の研究ではグスク時代(平安〜室町)からDNA的に大きな変動があり、九州から本土人の南下があったのではないかと推測されている。しかし次第に中華王朝への朝貢から小中華化。現在は明の冊封国と化していた。


 明の海禁政策による恩恵から繁栄していたが密貿易の拡大で十分稼げなくなった。そして明の海禁解除という政策転換やポルトガル商船などにより疲弊している。


 状況を鑑みれば、まず琉球の湊を利用出来ることを優先し、続いて台湾への移民を促したい。さらに砂糖きびや茶の栽培を援助し、貿易を行う。その過程で琉球王朝の重臣を大坂にでも招けば強制しなくても軸足変えて来るというのが広之の思惑である。


 今のところ問題ない。湊の使用に対する礼として酒、味噌、米、麦、昆布、鰹節などを贈っている。いずれ琉球側が換金作物により日本との大きな貿易が可能となった場合は昆布、鰹節、煙草などで黒字に出来るはず。


 しかし相手は小中華化しており、どのような誇大妄想を振りかざすか油断は出来ない。そのため武装した兵や大量の船と銃を見せる必要もあろう。


 偉大なる琉球国王への表敬訪問として武装させた5千人で首里城まで行進する予定になっている。使者に日本はいまや3千万人の民と100万人の兵からなり、銃は10万丁(本来は挺だが旧漢字を使わないのに常用漢字外にこだわる意味ないので丁を使う)と相当盛って話しさせる予定。


 中華思想と小中華は非常に厄介で、単なる友好や貿易による互恵などにより対処出来るほど甘くはない、と広之は考えている。 


 今回、台湾以外への南方に残留させる日本人は2千名ほど。数年かけて2万人以上まで増やしたい。大船団が大坂を出港して数日後、幸田家の屋敷には丹羽長秀、高山重友(右近)、中川清秀、細川忠興、池田恒興が集まっていた。


 焼餃子、水餃子、鶏焼売、海鮮チヂミ、豆腐ちゃんぷる、鶏唐揚げ、酸辣湯などが並べられている。酒は3年物の焼酎が人気のようだ。


「ここで食べる餃子は格別ですのぉ。それはそうと左衛門殿、此度の南方への船は凄い数ですな。面倒じゃて攻めてしまっても良かろうに」


 紫蘇餃子を頬張るや焼酎を流し込みつつ清秀が話す。それに長秀が箸を止めて横槍を入れた。


「何事も備えや手筈と言うものがある。我らはこれまで左衛門殿の知略により難なく天下を統べたではないか。欧州人との貿易を停止しているのも此度の大船団も次なる大事への布石じゃろうて。のう左衛門殿……」


「これは五郎左殿、流石のご彗眼。もはや天下平定がなった今、日本国の安定こそ大事。しかるに欧州はイスパニア国がネーデルラントやイングランドと戦い苦戦中。明はといえば紙の銭を出しすぎて揺らいでおります。このまま弱まれば北方の女直や蒙古などが明の北辺を騒がせるのは必定。南方諸国もそれぞれ対立相手がおり安定しておりませぬ。日本が静謐であれば良いというものではござらん。庭先を鎮めるのも肝要か、と……」


 一同呆気にとられつつ酸辣湯を飲んだ清秀が辛さと酸味に驚き吹き出す。


「左衛門殿は明を攻めるおつもりですかな」


「忠興殿、明は人も多く広大無辺。無駄に戦うよりは実を取るべきでござろうな。寧波のそばにある上海という地、遼東の先にある地(大連)、その対岸にある山東の湊、福建の湊、マカオのそばにある島(香港島)を貿易するため割譲して頂ければそれで良いか、と。弱くなりすぎても、強くなりすぎてもよろしくない。もっとも懸念しているのはいずれポルトガルやイスパニアと異なる欧州人が天竺、南方、明などへ来るはず。これまでは土地を支配するというよりは貿易による利を目的としておりました。これからは国ごと支配して欧州で売れる作物や品物を作り、持ち帰るようになるはず」


「つまりじゃな、狭い日本に籠もっておったらいずれ日本の外は全て欧州諸国の属地となり、国が危ういということじゃ」


「五郎左様の申す通りにて候。まずは金銀を出来る限り日本の外へ出さない。そして明国とは互いに利する間柄となり、マラッカさらには天竺へ達し欧州諸国をやすやす東へ進ませぬことこそ肝要」


「儂はキリシタンであるからポルトガルやイエズス会を擁護したい気も無いと言えば嘘になる。しかし知らぬが仏とはよく言ったもの。左衛門殿から様々な話を聞くまで知らぬことが多すぎた」


 重友はそういうと豆腐ちゃんぷるを口にした。


「まあ、皆の者が頼られることもいずれあるじゃろうて。それまでは錆びつかぬよう兵を鍛えつつ、それぞれの領国を富ませることじゃ」


 恒興が言葉を発した。以前は泣く子も黙るくらいの武闘派だったが、家督を譲ってからはすっかり丸くなっている。


 この後も宴は賑やかに続いた。



 

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