第366話 将軍信孝、2度目の現代へ⑤

 織田信孝と幸田広之が現代に来て、3日目の日曜である。昨晩は東京都千代田区紀尾井町にあるホテル・ニューオータニを出た後、新宿のジンギスカン屋へ行き、信孝はご機嫌であった。


 生まれて初めての羊であり、興味津々だったが、上等なラム肉にご満悦。生ビールを何杯も飲み干している。少し早めに切り上げ、熟睡すると、朝の7時に目を覚ました。


 この日も信孝は一足先に起きて単独でデリバリーを注文している。やはり、新聞の電子版を読みつつ、報道番組やワイドショーを見ていた。


「左衛門よ、起きたか。昨日のジンギスカンも実に美味じゃったのぉ。されど、ジンギスカンというのは蒙古の王なのであろう」


「然様でございます」


「儂でいえば信孝、そなたでいえば広之という名の馳走であるな」


「人の名を馳走につけるとは礼を失するのではあるまいか」


 結構、細かい信孝であった。そうこうしているうちに犬神も起き、今後の方針を話し合う。昼前に3人とも身支度を整え外へ出た。梅雨時で湿気はあるが晴れている。


 今日は宝塚記念の日であり、ウインズで馬券を買う。広之と犬神はそれぞれ50万円づつ購入し、蕎麦に入った。この店は夏場にタスマニア産の蕎麦粉を使う。


「上様、この店は豪州産の蕎麦粉を使っております。季節が日本と逆のため、春頃に収穫した蕎麦粉ですので風味も間違いございません」


「犬神も左衛門に劣らず蕎麦好きのようじゃな。この暑い時期に新蕎麦をざるで食せるとはのぉ」


 しばらくすると、ざる蕎麦の特上天ぷらセットが運ばれてきた。天ぷらは追加で穴子を頼んでいる。


「これは香りが良いのぉ。山葵も見事じゃ」


 思いもかけず暑い時期のざる蕎麦を味わえ、喜ぶ信孝であった。天ぷら含めて完食する。店を出た3人はホッピー通りの居酒屋へ入店。もつ煮込み、鯨ベーコン、馬刺し、焼鳥などを注文。


「なかなか良さげな店であるな」

 

 そういうと信孝はもつ煮込みを口にし、続いてホッピーのハーフで流し込んだ。前回、ホッピーは経験済みだった。


「ビールより飲みやすいが酔いはくるな。冷たいビールやホッピーが好きな時に飲めるとは令和の民は誠に幸せというもの。ところで肉山、この肉は何じゃ」


「上様、それは馬でございまする」


「何、馬を生で食すのか」


「上様、ご安心くださいませ。臭みもなく、味わい豊か。しかも柔らかいですぞ」


「左衛門がいうのなら、どれひとつ。うむ、これは良い。実に美味じゃな。向こうでも食したいところではあるご、されど馬では豚のようには行かぬ」


「仰せのとおり。馬や牛は豚のように多産ではございませぬ」


 その後も、鯨ベーコンや焼鳥などに満足しながらホッピーを飲む信孝であった。こうなると将軍の権威もなく単なるおっさんだ。4人は賑やかに飲んでいた。しかし、スマホを見ていた犬神がいきなり声を上げる。


「幸田君、宝塚!」


「えっ、まさか……」


「俺は少し当たってるけど、そっちはドンピシャの大当たりのはずだ」


「あっ……」


「幸田氏、いくらでござるか」


「1千万円近い……」


「幸田君、向こう行ってから、勘と読みが冴えてるな。こっちに居る時、そんな当たり方すれば、もっと楽な暮らし出来ただろ」


「いや、まったくですよ。ついてるのか、ついてないのかよくわからないなぁ」


「1千万円というのは如何ほどの値打ちなのじゃ」


「はっ、ラーメンが1万杯ほどでございます」


「何……。ほぉ、およそ27年近く、毎日ラーメンが食えるではないか」


 やはり、細かい信孝であった。それというのも、広之が数字について徹底的な啓蒙をした成果だ。戦国時代は計画性に乏しく、何事も杜撰であったが、数字ありきとなっていた。


 そもそも信孝の仕事は数字の確認と評議によって採決した事項の認否がメインだったりする。他の織田家重臣や外様大名も状況は同じだ。


 結果、家によっては出征や任地へ赴いている殿様の代わりとして、妻が役割を担う事も珍しくない。伊達家でいえば茶々などが、まさにそうだ。


 大坂で羽前の領地含めて一括し、管理決済を行なう。政宗が居ないため最高責任者は茶々が担っていた。そのため、国許に居る古参の譜代家臣やお東の方(伊達政宗の母)などは不満を募らせている。


 しかし、算術に長けた家臣の多くは大坂を本拠としており、それらと浅井・六角・京極などの近江出身家臣が家政を牛耳っていた。


 算術や教養に劣る国許の家臣たちは米などの運搬や普請くらいしか仕事が無い。憤懣やる方ないのは当然だ。そのため、政宗は大陸への出征を強く望んでいたのである。


 一種のガス抜きといえよう。そのへんの事情は伊達家ほどではないにせよ、他家も概ね同じだったりする。結果、功績のある古参家臣の不満や扱いに苦慮した大名家は学問所を創設するなど必死だ。


 このため、室町幕府の奉公衆だった者、数字や実務に長けた畿内出身の浪人などは高禄で召し抱えられている。また、学問所で講師として公家も破格の条件により招かれていた。


 さて、1千万円という軍資金を手にした広之たちは、本来ならば豪遊するところだが、それは次回のお楽しみとし、家で飲むため色々買い込み帰宅。過去へ持ち帰るための土産も大量に購入した。


 犬神のタワマンへ戻ると、刺身や寿司などを並べ宅飲みが始まり、盛り上がる。そして翌朝、ロックフェラー家の女性が訪ねてきた。一昨日、ホテルで面会した女性だ。科学者らしき人物やセキュリティも一緒である。


 こうして、大量の山崎などの酒、種子、プリントの束、書籍などを抱え、信孝と広之は消失したのであった。


 


 

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