第356話 カンボジア州長官大野治長
西暦1596年6月(天正23年5月)。大野治長がカンボジアへ赴任して、もう時期2年半となる。小西行長がカンボジア王国を占領してから約3年2ヶ月。
現在、カンボジアは日本の属州となっている。だが、降伏したカンボジア王を廃せず、形の上ではいわゆる傀儡国家に他ならない。
末期の室町幕府と足利将軍に近いともいえよう。基本、政治や軍事の決定権は皆無に等しく、辛うじて祭祀権だけは保っている。ほぼ象徴にしか過ぎない。
カンボジア王国の統治機構はメコン川の東側地域(現代のベトナム南部)を除けば、従来通りの形態を維持していた。しかし、決定権を握っているのは国王の摂政(日本においては本来、普通名詞の略称であり、称号)である織田幕府カンボジア州長官大野治長だ。
カンボジア州都はプレイノコール(現ホーチミン)でカンボジア王都はチャット・ムック(現プノンペン)となっている。この両都市を総力あげて発展させるのが、治長に課せられた使命だ。
米以外の商品生産や流通の支配が目的であり、地方はあまり干渉しない。鉄、銅、鉛、硝石を抑えつつ、煙草の葉、茶葉、珈琲豆、砂糖黍、綿花、養蚕など奨励する。
シャムのように米へ特化しない。可能な限り米と換金させずに他の商品作物を奨励する事で、旧支配勢力を弱めていき、最後はカンボジア王国を消滅させる方針だ。
それまで、治長は都市の開発、商品作物の奨励、鉱山開発、治安維持、海賊摘発、山賊摘発、街道整備、検地、測量、度量衡、法制化などを進めて行く。
また、シャム国の占領地域は苛烈な支配に晒され、村単位での難民が多数発生している。カンボジア州としては積極的に難民を保護し、移住させていた。
チャット・ムックやプレイノコールへ行けば普請現場での仕事にありつける。農地が欲しければ土地、当面の食料や農具など与えられた。しかも年貢はない。
このような場合、強要せずとも瞬く間に日本語が広がっていく。水、米、麦、塩、酒、煙草、疲れる、無理、銭、村、鍬、牛、馬、鶏、犬、暑い、寒い、寺、家など次々に広まっている。
治長は台湾経由でカンボジアへ来た。台湾も似たようなもので、住んでいる漢人の多くは簡単な日本語を話す。幕府は日本語を話す者は日本人と見做している。
その上で、和人系、漢人系、アイヌ系、シャム系などと定義していた。例えば海外へ渡航した日本人の人別帳では「彦三・和人系・日本人・内地・摂津国西成郡今宮村」などと記される。
さて、この日、治長は弟の大野治房と雨季のプレイノコールで普請現場を見て回った。その後、プレイノコール川(サイゴン川)沿いの東屋で茶を飲みつつ休憩しているところだ。
「主馬よ(大野治房)、大坂へ向かった幕府艦隊と御用船は無事に着くとよいのぉ」
「兄上、此度は長尾(一勝)殿、竹中(重門)殿、小島(兵部)殿、水野(勝成)殿、生駒(善長)殿が当地へ立ち寄られ、呂宋からは高山(重友=右近)殿、中川(清秀)殿、細川(忠興)殿、島津(義久)殿も内地へ戻られます。内地では上皇様が崩御された由。幕府は台湾にて大きな饗しをされるとか」
「琉球ではあれだけの兵を賄いきれぬ。また、あまり騒いでも琉球に対してよろしくない。されば、台湾しか無いであろうな」
「それにしてもカンボジアの西側はシャムが治めております。恐らく民の半分程は土地を捨てて、カンボジア州へ逃げてきておりましょう。小西殿がシャム国王へ幕府に西側を譲るよう相応の見返り(金)を提示されたとの事。如何相成りますやら……」
「シャムはカンボジアへ攻め込み無闇に寺を壊したり、民を殺めるなど、無法の限りを尽くしておる。民は我が領内を見て、逃げてくるのは当然の理。もはや向こうの民は半分程。それを補うため、さらに痛めつけておる。治める事は叶わぬ。手放す他なかろう。ただ、見返りは金や銀では無いらしい」
「ラーンサーンの南を与えるのでしょうか」
「違う。銃じゃ。それも施条のない火縄5千丁で話をつけるらしい」
「それは喜びましょう。ただ、鉄・鉛・硝石・硫黄など要ります。鉛を最も産出するカンチャナブリーのソントー鉱山を始め、硝石や硫黄などの大半は幕府が採掘権を抑えてるではありませぬか」
「然様じゃ。弾や火薬に困ろう。仮に何とかしたとして、幕府へ歯向かって勝てるはずもない」
「幕府は施条された火打ち式。その上、紙で弾や火薬を包んだ薬莢……。しかも、命中精度と殺傷力は比べ物になりませぬ」
「無論じゃ。そうでなければ渡さぬ」
「何やら見えてきました」
「見えるであろう。シャム国王もうつけ者ではない。銃を沢山手にした途端、バンコクへ攻め寄せる事はせぬはず。そもそも船でアユタヤから攻めよせても陸に上がる事すら叶わぬ。陸路で来ても堀(運河)のバンコク側は兵が伏せて北から押し寄せる兵を撃てるようになっておる。砲台も無数。如何様にもならぬじゃろ。バンコクへ攻め寄せる前にアユタヤの日本人町を落とすのも至難の業」
「兄上の申す通り。されば、シャムの豊かな地方貴族、もしくはラーンナーへ矛先を向けましょう」
「これまで小西殿の手を借りればこそ。しかし、銃があれば己だけで攻めて、貸しを作らず、全て独り占めにしたいところ……」
「ラーンナーへ既に小西殿の調略が?」
「そんなところであろうな。シャムの東北部の大半はかつてラーンサーンが治めていた。されば、そのあたりやラーンサーンの北部にも何らかの手は打たれてるやも知れぬ」
「ラーンナーが幕府の属国となり、ラーンサーン各地で一揆など起きて収拾つかなくなるのですな」
「さらに南部でも何か起きればどうにもなるまい」
そういうや治長は立ち上がり帰り支度を始めるのであった。
大野治長→第234話参照
カンボジア征伐→第205話参照
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