第355話 幸田広之と康蘭玲

 大坂は梅雨に入っていた。いくら、この時代は小氷期で、現代より気温が低く、ヒートアイランド現象とも無縁だ。それでも湿気は高いため、相応に暑い。


 それでも日中は海から陸に向かって海風が吹く。しかし、夜は陸から海に向かって風が吹く他、北の六甲山地、東の生駒山地、南の和泉山脈に囲まれた盆地であるため、留まった熱気が抜け難い。


 現代人の幸田広之は子供の頃よりエアコン漬けだった。ましてや50歳を超えており、体に堪える。五徳たちは、エアコンどころか扇風機も知らず、夏は暑く、冬は寒いというのが当たり前だ。


 結果、広之程は苦しんでいない。五徳や茶々も広之が夏場に弱いのは十分承知している。2人の推測では、幸田家の庶子として人知れず生まれた後、大和奥地の山寺に預けられと考えていた。


 そもそも家系図的に幸田家は大和源氏源頼親の系譜だという(当作品の設定)。大和には相応の縁があってもおかしくない。しかし、紀伊、和泉、河内、丹波、淡路、山城などには時折出掛けるが、大和へ全く出掛けず終いだ。


 五徳や茶々は何か嫌な思い出があるのだろうと勘ぐっていた。竹子は、大和の山寺から逃げた後、南紀へ碇泊していた南蛮船に乗船云々という説を唱えている。


 そのくらい怪しまれてはいるが、織田信孝、丹羽長秀、岡本良勝などから寄せられる絶大の信頼と幸田信孝との関係を考えれば、全て打ち消されてしまう。


 さて、夏場の広之に話を戻すと、どうしても食欲が落ちる。熱い汁物は出来る限り避けていた。冷やし素麺、水出し茶の茶漬け、パンなどが多くなる。


 というか、夕食は殆ど取らず、風呂で汗を絞りとっては水を浴び、風呂上がりは奥女中にマッサージなどさせ、その後は適当な肴にて酒を楽しむ。


 晩酌の際、以前なら末、お菊、お初など呼んでいたが、最近は福(春日局)も相手をしてくれる。しかし、顔ぶれが毎回同じでは飽きてしまう。


 そんなある日の夕方、康蘭玲が経営する茶荘で魚問屋を集め会合した。普段なら康蘭玲の店は使わないのだが、正親町上皇崩御で喪に服したり、自粛などのため興行関係は大きなダメージを受けている。


 一座を構えてる康蘭玲は芝居を打てず困っていた。そこで、広之は何か会合がある時、康蘭玲の店を利用している。この日、魚問屋へ東新亜州におけるグランドバンクやジョージバンクの存在と取れる魚種を説明した。


 また、遠洋捕鯨についても啓蒙する。現代で小塚原刑子が描いた遠洋捕鯨船の絵を見せつつ、船上での採油や肉の加工など説明。鯨油は蝋燭や石鹸。


 肉の加工も干したり、脂は干す他に塩漬け。それ以外に、肝油やゼラチンなども作れるわけで、鯨さえ取れれば十分利益がでる。この時代は世界各地で本格的な遠洋捕鯨を行なってない。今の新亜大陸(アメリカ大陸)や日本なら遠洋でなくても沿岸でさえ捕獲出来るはずだ。


 大きなシロナガスクジラやマッコウクジラであれば脂からコラーゲン繊維も作れてしまう。無論、魚問屋の旦那衆は広之の話へ食い入るように話を聞く。


 夕刻になり、終了すると、広之は尾張堀(道頓堀)沿いの高級なうどん屋へ入った。個室の部屋で、軽く酒を飲んでいると、康蘭玲が部屋へ通され、入って来る。


「旦那が来ると皆心付け沢山置いて帰るから助かるよ」


「然様か。それでも芝居が打てないと苦しかろう」


「もちろん、そうだよ。早く元通りにしておくれ」


「しかし、明国でも同じようなものであろう」


「私が生まれてから、同じ帝だから知らないよ」


「崩御なされし上皇は80近いお歳であらせられた。ご在位中、千々に乱れし、天下は治まっておる。格別なる存在じゃ。此度は致し方あるまい」


「滅多に無いのでしょ。度々あったら、商売上がったりだよ。罪人には恩赦というのが出るというのにさ」


 まもなく後陽成天皇に子が生まれる予定だ。史実であれば後水尾天皇のはずであり、初の男子となる。これ以上の慶事はない。それをきっかけに過度な自粛は解除させるつもりなので、もう少し我慢しろといいたい広之であった。


 また、史実において後陽成天皇が崩御されるのは21年後なので、当分は何事もない。さらに、まもなく生まれるであろう後水尾天皇が崩御するのは西暦1680年だ。


 後陽成天皇と後水尾天皇は大変な多産であり、数多くの親王を生む。広之の算段としては世襲制の宮家を一気に増設し、海外へ振り分けようと目論んでいる。


 遼東、上海、香港、台湾、呂宋、バンコク、カンボジア、シャンバラ(ミャンマー)、ジャカルタ、クアラルンプール、チェンナイ(マドラス)、豪州、エジプト、東和、南新亜、東新亜、アステカ(メキシコ)、ペルー、アガルタ、カディスなど各地へ派遣させたい。


「何れ収まるであろう。それまでの我慢じゃな」


「もう旦那、他人事だと思って」


 そうこうするうち、鱧落とし、蒲鉾、天ぷら、ざるうどんなどが運ばれてきた。この店のざるうどんはきしめんより薄く、布海苔を使っているため色合いが緑がかっている上、弾力と喉越しに優れている。


 つゆも強い出汁に醤油は少しの上、味醂を使っているため、余韻が残るような味わいだ。現代でも布海苔を使ったうどんは存在する。へぎ蕎麦で有名な新潟県の小千谷名物だ。


「夏はやはり冷たい麺に限るのぉ」


「これ、美味しいねえ。明にも麺は沢山あるけど、冷たいのなんて無いよ」


 広之は頷きつつ酒を飲み干すのであった。



正親町上皇→第335話参照

グランドバンク、ジョージバンク→第320話参照

康蘭玲→第307話、第295話、第294話、

第249話参照


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