第73話 幸田家の忘年会

 今年も残るところ少しとなった。幸田広之は幕府総裁で織田家の家老ということもあり、年始の来客が尋常でないほど多い。しかし年末はそれほどでない。


 幸田家恒例の忘年会であるが 今年も無論行うことになっている。もはや幸田家は重臣から小者や女中に至るまで150名以上。


 そうなると屋敷の業務や警備など全員で忘年会を行うことは難しい。どこまで行っても武家。何かあった時、全員酔っていたのでは話しにならない。結果として今年から2日に渡って行う。


 広之や五徳、さらに重臣は2日とも参加するが、その他は1日だけ。昼から夜遅くまで行うという武家として羽目を外した宴会なのは言うまでもない。


 朝から準備に忙しい。朝から魚や味噌漬け豆腐が大量に燻されている。鶏も今宮村の契約農家で育成されたものが捌かれた後、届けられた。新鮮な魚も昼に合わせて届く予定。


 豆腐や蒟蒻も仕込まれている。蒟蒻は粉にする技術が実用化されており年中食べれた。餅も正月用の別に沢山作られており、仙丸も加わって喜び、賑やかである。


 そして昼時となり大広間には料理が次々と運ばれる。堅苦しい宴席とは全く違う。相撲部屋の如く、沢山の大鍋が火鉢台の上に置かれた。具は地鶏、きりたんぽ、牛蒡の笹掻き、里芋、ニンジン、難波葱、干し椎茸。ようするに芋煮だ


 他も全て違う趣向のようだ。鮭の三平汁、鮭の豆乳粕汁、味噌蒟蒻鍋、鯛鍋、塩鰤鍋、鶏鍋など何種類もあり、参加者たちは好みの鍋の前に集まったり、移動できる寸法である。


 部屋の端には台が置かれ、庭で焼かれた鶏、牡蠣、鮭とばなども大皿にのせられ運ばれた。燻製も沢山あり、皆自分の小皿にのせては好きなところへ座り酒を飲む。どう見ても無礼講ではあるが流石に広之、五徳、末、初、江、仙丸に近づく者は居ない。


 宴会の挨拶で広之より五徳の室女中だった末を側室へ迎えたと知らされ、一同驚いた。五徳と竹子の強い推挙による処置であったが、誰も知るはずもなく色々と勘ぐってしまう。

 

 家臣たちからすれば五徳は織田信長の娘であり、織田信孝の妹だ。しかも外様大名随一の石高と実力を持った徳川へ嫁いでいたという一目置くべき存在。

 

 その上、浅井家の姫たちはやはり織田信長の姪。ある意味、主君の広之より厄介だ。昼間は登城する事の多い広之に対して五徳は屋敷で家中へ睨みを利かしている。


 竹子や茶々、妹、織田家重臣や大名の正室や姫たちを呼んでは申の刻茶など催し、大坂では竹子に次ぐ女帝と言っても差し支えない。


 徳川家康も五徳の存在は厄介であろう。気を遣っているのは一目瞭然。本来であれば跡取りは次男だが五徳の亡夫と同じ母。五徳の癪に障るのを恐れ、三男を後継者とするか家中で揉めているという噂もある。


 家康は何かと理由をつけて幸田邸へご機嫌伺いに来るし、贈り物も多い。広之と五徳は三河の味噌を気に入ってるため、家康は売れるくらいの量送ってよこす。そのため幸田家の味噌汁は八丁味噌が定番となりつつある。しかし狸と言われるだけあって転んでも只では起きない。


 幸田家で飲む茶を褒めちぎって色々教わった。そのため徳川領内は有数の茶産地となって潤っている。いまや幸田家で飲む茶の大半は家康が送ってくる駿遠三の茶。


 さらに焼津産の鰹節も広之が紀伊の漁師に考案して改良を重ねたもので紀州節などとも言われている。家康が頼み込んで焼津の特産品にして東国へ流していた。そのため幸田家には八丁味噌、茶、鰹節が大量にあって不自由しない。

 

 五徳も徳川家に残してきた2人の娘を大坂の徳川邸に住まわすよう信孝へ懇願しているという話だが、家康の後継者問題も絡んでいるため棚上げらしい。


 かように込み入った話も広之たちから遠い席で囁かれるのであった。しばらくして茶々も宴会に加わった。鍋は芋煮、味噌蒟蒻、鶏鍋が人気ですでに無くなった。そしてしばらくして替えの鍋がくる。


 おろし餅や五平餅が大量に出されたが一瞬で消えた。いよいよ今年も恒例の備後大会(ビンゴ)が始まる。1等は有馬温泉旅行。大いに盛り上がる。その後の厚切り常総による漢字芸。


「女に子で好きとか駄目でござろう。前田利家でござらぬし」


 暗くなって怪談話で家中随一といわれる稲河純次による真冬の怖い話。あまりに怖いので一緒に宿直したくない人ランキング1位だ。


「いや、何か変なんだ……。嫌だなぁ怖いなぁ。その時、女将が4人様ですねって言うんだ。いやでも3人しか居ない。おかしいなぁ〜って思った次の瞬間うわあ」

 

 後ろで哲普が琵琶を弾く。好評なのか、不評なのかよくわからなかったが2時間も続いた。


 料理も次から次に出されては消えていく。


「ええ今日もすっかり酔ってしまいましたが、例のやつをご唱和くだされ。いくぞ〜一、二、三だぁ〜」


 毎年恒例だが広之による何やら意味不明な閉めの挨拶でお開きとなる。五徳も呆れつつ笑っていた。



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