第74話 環濠都市堺の落日

 天正18年(西暦1590年)となり、大阪はますます繁栄を極めていた。幕府より天下普請として大和川の付け替えが命じられ、予定では堺の北側へ流れ込む。


 また、幕府が許可した以外の環濠集落は禁止となる旨、公表された。これに驚愕したのは堺である。直ぐさま会合衆が陳情してきたのは言うまでもない。


 地名の由来は摂津、河内、和泉という3国の境に位置することから堺と名付けられ(明確には定かでない)、元々は漁港として栄えた。


 その後、日明貿易や南蛮貿易で莫大な富を蓄積しており、天下にその名を馳せている。堺は武士による支配を受けない自治都市を形成するため、海に面する西側以外の三方を濠で囲われていた。いわゆる環濠都市だ。


 1527年(大永7年)、室町幕府第12代将軍足利義晴が京から追放。官領の細川晴元と三好元長は義晴の弟である足利義維を傀儡とした。これが世にいう堺幕府であり、晴元と元長の対立により崩壊するまで5年間だけ幕政を担っている。


 史実では豊臣秀吉に濠を埋め立てられ1614年(慶長18年)年から始まる大坂の陣に巻き込まれ焼失。さらに江戸時代、鎖国政策と大和川の付け替え後、流れ込む土砂で衰退。


 幕府総裁の幸田広之は会合衆を徹底的に弾劾した。京の都や大坂でさえ濠で囲む(事実上、河川や堀を防御的に張り巡らしてはいるが)などということをしていないのに堺は何事なのか。それも天下の紀州街道を塞ぐとは言語道断。


 戦乱の世も終わり、天下平定後、治安が回復し日本中で商いが盛んに行われている。それに対して不服でもあるのか。これまで織田信長公や室町幕府時代の功績から大目に見ていたが改善する余地無ければ謀反とみなす。


 そのような事を言われ会合衆が青ざめたのは言うまでもない。しかし話はさらに続いた。いわゆる堺銭を堺の商人が扱うことは許さない。発覚すれば闕所とする。そして現行の堺を取り囲むように新しく堺の町を建設することも告げられた。


 雑賀衆、根来衆、長宗我部の残党でも呼び集め抵抗するなら面白い。いま平和で諸大名は暇を持て余してるから20万くらい集めようか、とまでいわれ明白な敵意を感じたが、やはりそのまま引き下がっては豪商の名おれ。


 とりあえず話を持ち帰って町衆と協議したいと申し出た。しかし広之は、協議とは何事か。堺の領主は織田家であり、天下を治めるのは幕府。命じたのであって話し合いとは対等だということか。協議するのは勝手だが即刻謀反とみなす。


 そこまで脅かしたうえで広之は会合衆を帰した。そして全国の諸大名、寺社、朝廷などへ堺から話しがあっても断じて応じるなかれ、と強く警告。

 

 約3万人の兵士と約2万人の人足が堺周辺の区画整理を始め、環濠出入口には関所が設けられたのである。無論、堺の町は大混乱に陥っていた。噂が飛び交い、明日にでも攻められ燃やされるのではないか?


 数日で堺の人口は半分ほどになり、会合衆は環壕の埋め立てを開始。商人や鍛冶の中には大坂への移住を申し出る者も多かった。こうして新たな堺の建設が本格的に始まったのだ。


 これに驚いたのはイエズス会である。南蛮貿易の拠点ともいえる堺が事実上解体されてしまった。こうなれば貿易の再開は破綻と見る他ない。

 

 さらにマニラより悪い知らせが届いている。フェリペ2世へイスパニアとの貿易を求める旨の親書が送られたらしい。それもフランシスコ会やドミニコ会の活動を日本で認める内容だ。


 早ければ今年の夏頃戻ってくる幕府船にフランシスコ会やドミニコ会が乗船すると言われている。実のところイエズス会はポルトガルの国王でもあるフェリペ2世に幕府はキリスト教へ敵対的な態度を取り始めているという内容の文書を送っていた。


 これでは辻褄があわない。キリスト教自体に迫害を加えることもなく、むしろ好意的とさえ受け取れる(形の上では)。


 まるでポルトガルの商法に問題があるような印象を受けてしまう。実際、イスパニアは銀という強力な武器を持っている。しかしポルトガルはただ中間で利ザヤを稼いでいるだけ。


 堺の落日はイエズス会士に衝撃を与え、彼らへ好意的な豊後の大友義統への依存をますます深めることなっていく。すでに豊後の教会は尖鋭化しつつあった。



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