第139話 イェヘ国王ナリムブル

 一方、角倉や沿海城の建設は着々と進んでいた。とりわけ沿海城の城壁には焼き上がった煉瓦が使われ、立派なものとなっている。


 また、角倉了以も大忙しであった。丹波屋が派遣した山師たちが次々と鉱床を見つけ出しており、各地をまわりながら指示を出している。


 河川があるため街道の必要性は薄い。その代わり耕作のため運河を開削。さらにオレリ湖とチリャ湖、ヌルガン跡、キジ湖に開拓の拠点も作り始めた。


 さらに北河城方面へ10里(40km)毎に連絡のため中継地を構築。50里毎に伝書鳩の中継地も作られている。

 

 エヴェンキの訴えで西方へ派遣されたトナカイの部隊3百騎は次々と集落を制圧し版図を広げていた。無論、史実におけるコサックが徴収した毛皮税(ヤサク)は要求しない。むしろトナカイや皮を買い上げてり大歓迎された。


 こうして西北の地をまわっているうちある事がわかった。トナカイを好んで飼うのはヤクートという者たちでエヴェンキは本来トナカイとは無縁なのだという。


 ヤクートと雑居している一部のエヴェンキ部族がトナカイを飼育しているらしく、彼ら自身もそのへんの事はあまり認識してない。


 史実においてもコサックの毛皮税に苦しめられたエヴェンキがヤクート化していき、トナカイ飼育を始めた。むしろ遥か西方のエヴェンキたちは蒙古系のブリヤート人と隣接し、馬の飼育も行っている。


 かような一端が見え、ヤクートの領域へ接近し、ついにヤクートの民と接触。ついにレナ川まで達したのである。トナカイと大量の皮を買い付け、夏だというのに寒い地域を去り、角倉への道なき道を急いだ。


 そして、ナムダリ (納穆達里。次男)とアブタイ(阿布泰)を含むウラ国の10名が角倉へ到着。彼らは大きな船や多くの日本人が居る事へ驚いた。ホジェンは知っていたがスメレンクル、エヴェンキ、ヴェイェニンなどは見た事ない。


 すでに長秀たちがウラ国との合戦で大勝した事は知っている。正真正銘の王子と王女が客人とし訪れたのだ。直江兼続は十分にもてなした上、早速日本へ向かわせた。船上でウラ国一行は初めての海をいつまでも眺めたのである。


 ちなみにナムダリとアブタイは漢字の読み書きが出来た。船内に活版印刷の書籍が山のようにあり、航海の間、日本語を学びつつ、毎日読む事になる。


 ナムダリとアブタイが去った頃、角倉近辺ではとうもろこし、大麦、じゃが芋の収穫で忙しかった。とうもろこしは主に牛、豚、鶏の餌となり、大麦で麦茶と焼酎が作られる。とうもろこしの芯は燃料として使われ、麦ふすまも家畜の餌だ。


 スメレンクルたちは鮭の遡上が始まると手伝う事は難しいため、最後の大仕事となっている。


 これより少し前、南のウラジオストックでも異変が起きていた。幸田孝之率いる幕府の大艦隊が上陸していたのである。総勢およそ1万。


 孝之は上陸後、直ちに山城と家屋の造営に取り掛かる。朝鮮方面とハンカ湖方面へも砦を築き、周辺の女直などへは贈り物を沢山渡し、持っている皮や馬などを買い付けた。


 周辺には小さな勢力しか居らず、せいぜい数百騎程度でしかなく、幕府軍の大艦隊と兵数を見て攻めてこない。孝之はそれらへ日本へ帰る途中、迷ってしまい、来年には帰ると告げ、即席の馬市を開いた。


 朝鮮からも地方役人が訪れたので孝之は面会した。日本へオランカイ(女直)の海賊が押し寄せ狼藉を働き、民も連れ去られたため、討伐に来たと告げる。


 朝鮮には一歩も踏み込まないし、近辺のオランカイを討伐次第帰国すると説明。しかし、朝鮮の役人はこの辺の土地は遥か昔から我らの土地であり、帰る時は全て引き渡せと要求してきた。


 孝之は笑顔で了承し、役人へ大量の賄賂を送って帰らせたのである。

  

 女直も全くの無抵抗ではなく千騎程の勢力が襲ってきた。しかし、呆気なく殲滅させている。そのため野人女直のウェジ部やワルカ部などからは馬市を条件に服属する首長が相次いだ。


 偵察のため沿海州岸を北上させたり、周辺へ兵を派遣。ハンカ湖を発見するや砦と家屋を築く一方、ウスリー川を船で北上させた。


 そして、丹羽長秀がハンカ湖発見の報告を受けて数日後、ウラジオストックから来た幕府兵が訪れ、栄河の幕府軍は沸き立つ。


 これで、黒龍江、松花江、ウスリー川を抑えた形になる。長秀は来年、沿海城方面へ2万、ウラジオストックへ3万派遣する計画は問題ない事を孝之に伝えるよう申し渡して帰らせた。


 孝之の使者は長秀の家臣を伴いウラジオストックへ戻る。孝之はウラ国の件を知り、日本へ船を1隻帰らせた。


「殿、流石に大納言様(丹羽長秀)ですな」


「誠にのぉ。各地で鉄や銅を掘っているなら金堀人足も大量に必要じゃな。来春雪が溶けたら哈爾浜(便宜的に哈爾浜とします)で丹羽殿と合流しホイファを軍門に下した後、建州のヌルハチと対峙出来るやも知れぬ。我らの勢威を見れば海西の諸部はウラ国を仰ぐしかなかろう。問題は明と朝鮮がどう出て来るか……」


 同じ頃、フルン四部の盟主とされるイェヘ国王ナリムブル(那林孛羅)はウラ国と野人女直フルハ部の話に困惑していた。


 ウラ国のマンタイ自ら5千騎でフルハの北河城を攻めて倭賊に殲滅させらたという話はにわかに信じ難い。事実なら倭賊が南下し、ウラ国を攻めてもおかしくはないはず。


 ところがウラ国は各地で馬や皮を買い集める一方、見たことのない茶、薬、塩、煙の出る葉(煙草)などを売っており、勢力を増している。


 マンタイに使者を出して問いただしたが、倭賊と引き分け、和睦の条件として拠出させたものだという。昨年来、フルハや北方辺境からの毛皮が流れてこなくなった。倭賊が略奪しているのであろうか……。


 我が父と伯父は李成梁の計略によって死に、明とハダには少なからぬ恨みがある。数年前にも李成梁から攻められ降伏し、仕方なくハダと手打ちをした。


 ハダと貢勅を分け、ヌルハチへ妹を嫁がせる羽目に……。ヌルハチは図に乗り何かと盾突く。李成梁が失脚した今、ヌルハチはその庇護を受けられない。


 領土割譲を迫って、応じなければ攻めるまでだ。しかしヌルハチの前にウラ国もやはり何とかせねばなるまい。もし北方の辺境で狼藉を働く倭賊如きと通じてるなら、明への謀叛となろう。


 明に恩を売りつつ、貢勅を大量に独占する。そして倭賊を平伏させ献納させれば一石二鳥だ。


 しかし我が国がウラ国と事を構えればハダ国王はウラに少なからず恩義がある。我らに盾突く可能性も考えねばなるまい。さらに隙を突いて建州から攻められる危険もある。


「陛下、ホイファからの使者が……」


「直ぐ通せ」


 大柄の男が部屋に入り平伏した。


「陛下、ウラ国の事は聞いておられましょうか」


「予は回りくどいのが苦手でな」


「失礼いたしました。ウラ国とフルハの事でございます。ウラ国がフルハの北河城を攻め援軍の倭人に負けた後、フルハの有力族長はことごとく北河イルゲンギョロ氏の傘下に入っておるようでして、問題は倭人……」


「よもや倭賊がホイファへ攻め寄せているのか!」


「いえ、ホイファにはまだ来ておりませぬ」


「その口ぶりだと、何処かへ来ておるのか」


「はっ、朝鮮北方の地へ海から倭人の巨船が沢山現れ、牡丹江から東を占拠しているとの話です。我らと懇意にしているワルカの有力族長から伝え聞いたのですが、ウェジの大半は倭人とフルハの傘下となっておるとの事……」


「フルハやウェジの者共は倭賊と戦わぬのか」


「多勢に無勢もさることながら、普請に応じれば報酬も貰える上、馬、牛、豚、鶏、皮、朝鮮人参など買ってくれるそうでして、喜んで受け入れてると聞きました」


「ホイファは動かぬのか」


「ワルカが攻められるまでは打って出る事はありますまい。ウラ国が惨敗したとなれば我ら単独では太刀打ち出来ませぬ。全くもって得体が知れかねます」


「この話はハダと建州にもしたのかな」


「我らより話はしておりませぬ。されど建州にはワルカより伝ってるのでは……」


「わかった。遠い所ご苦労である。今後、何か動きがあったら、また伝えて欲しい。ウラ国に問いただしても何もわからぬ。国王に礼を申す」


 大事ではないか。早急に判断する必要がある。ヌルハチはもう知ってるはず。どう出るのか知りたいところ。




 


 

 

 



 


 

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